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バタログ

バタコの日常、頭の中を更新。
書きたい事を書いてます。文章は長め。

 

こんにちは! 

VSAパートナーHappy Person 

Batacoです

 

 

最近、夢と目標の違いについて 

考えてる中で、ふと思い出したんだけど

 

 

みんな1回は言われたことあると思う

 

 

「夢は何?」 「目標は何?」

 

 

私は、昔から夢も目標も

持てるタイプだったけど

正直うんざりしない?笑

 

 

夢も目標もないとダメ・・・?

ってならん?笑

 

 

持てと言われて

持てるものでもないし笑

 

 

じゃ、持たなくていいやん!

 って思ったりもするけど

 

 

ここが落とし穴笑

明確に言っておくと

それは違う!笑

 

 

というか、その認識は

ちょっと違うって感じかも笑

 

 

ちなみに安心して

私も間違えてたから!笑

 

 

私は将来=未来を考える上で

「目標や夢を持つ」と「未来を設定する」

を 、同じものだと思ってたんだけど

 

 

全然違うんだな、これが笑

 

 

目標は「何をするか」

未来設定は「どう生きるか」

(未来は青天井だよ)

 

簡単に言えば、目標は行動ベース 

「資格を取る」「昇進する」—やることの話

私も目標を立ててきた

 

 

「今年中に資格を取る」 

「毎朝6時に起きる」 

「月に本を4冊読む」

 

 

最初だけ頑張って 

気づいたら立ち消える笑

このループ、何度繰り返したか笑

 

 

一方で、未来設定は存在ベース 

「どんな毎日を生きていたいか」—あり方の話

私が今やってるのはこっち

 

 

「時間を気にせず優雅な朝を過ごす」

「好きな人達に囲まれて仕事する」 

「好きな時に好きな場所で自分らしく生きる」

 

 

目標だけで頑張ると

達成したときに「で、次は?」ってなる

 

 

そして、残念なことに

達成できなかった時は自己嫌悪だけが残る

 

 

「何のためにそれをするのか」

という土台がないから

 

 

未来設定は目標ではなく、土台

目標や夢はその後の話

 

 

未来設定をするというのが絶対的に先

(できてる?未来設定?)

 

 

ちなみに

意志が弱いから続かない

そう、自分を責めたことある?

・・・私は何度もある笑

 

 

でも、それは、

意志の問題じゃないねん

土台がなかっただけ

 

 

植物に例えると

目標は「枝」 伸ばそうとすれば伸ばせる 

 

 

でも根っこがなければ 

少し風が吹いただけで折れる

 

 

未来設定は「土台」、言わば根っこ

「私はこう生きたい」という

根っこという土台があって 

初めて目標という枝が育つ

 

 

何が言いたいかって

根っこのない目標設定を

いくら繰り返しても 

体力と時間を消耗するだけやで

 

 

未来を言語化してから 

目標との向き合い方が変わる

 

 

例えば、以前は、

義務感のように感じた「資格を取る」

 

 

でも「こう生きていたい」という

未来が見えてからは、資格の勉強が 

「その未来に向かう手段」になる

 

 

同じことをやってるのに 

重さが違う、意味が違う、だから続く

 

 

目標が続かないなら

目標を変えるんじゃなくて

その前に未来を設定すること

 

 

 

「どんな毎日を生きていたいか」

今すぐ答えられなくていい

 

 

でも考えたことがないなら

そこが出発点💚

 

 

土台の根っこが育てば

枝の目標は勝手に決まる

 

 

そして、不思議と続くようになるから

未来が現実になるんだよね

 

 

どう?これを聞いても

まだ目標だけを立てる?笑

 

 

ま、頭と勘が良いあなたなら

先に何するかはもうわかると思うけどね笑

(どう?シンプルで簡単でしょ?)

 

こんにちは!

VSAパートナーHappy Person 

Batacoです

 

 

お花見シーズンだね🌸

あったかくなってきたし

外に出たくなるね笑

 

 

最近、すごく未来を考える中で

改めて立ち返った部分がある

 

 

あなたは

誰のことを1番信じてる?

 

 

星読みを学び始めて5年

自分で言うけど笑

 

 

多分、それなりに?

いや、謙遜したな笑

だいぶ人生変えてきた!

 

 

このブログを書いてるのは

恵比寿のあるカフェ

 

 

1年前の私は、

1年後恵比寿のカフェで

 

 

ブログ書いてるなんて

1ミリも想像すらしてないよ笑

 

 

想像はしてなかったけど

4年前に創造はしてたの

 

 

東京に住むって

強烈に決めていた

 

 

だから今はこの年齢で

このエリアのこんな家に住むって

明確に描き直してる

 

 

絶対に叶うって

もうわかってるし

 

 

叶えることができる自分であると

自分が自分を1番信じているから

 

(4月5月7月のディズニーは確定♡)

 

あなたは自分の事を

どれくらい本気で信じてる?

 

 

絶対叶えたい夢や

成し遂げたい目標

 

 

どれくらい本気で

達成できる私であると

信じられていますか?

 

 

私は200%できると

本気で自分を自分で信じてる

 

 

ここまでやってこれた私に

叶えられないものは・・・ない!笑

 

 

でも、私も最初から

自分を信じられた訳じゃない

 

 

もう、無理だ・・・

何も思いつかない・・・

逃げよう・・・

 

 

何十回、何百回も思って

それでも自分の欲しい未来を

諦めきれず、諦めなかったから

今があると断言できる

 

 

大好きな人と一緒にいる

大好きな仕事をする

大好きなご飯を食べる

大好きな事をする時間を創る

 

 

全部、欲しかった

全部、叶えたかった

 

 

そして、怖かった

こんなに欲しい物があるのに

本当に叶うのって

 

 

どっかでずっと思ってた

でも、ある時気がついたの

 

 

そもそも自分の事なのに

何故、全部叶うのだろうって

思考が湧いてくるのだろうって

 

 

そして気がついたのは

あ、私、心底自分を信じてない

ということだった

 

 

欲しい物を全て手にできる

自分の可能性を全く信じてなかった

 

 

じゃ、当時、私が

1番信じていたのは何かって話

 

(こういう家族写真よく撮ったな)

 

それは

私の場合は両親

 

 

私以外の誰かが言う

それらしい可能性を信じていた

 

 

親、旦那さん、子供

家族がいることは幸せで

安心に繋がる人が多いと思う

 

 

安心できる

人達の言うことを

信じていた

 

 

それ自体は悪くない

だけど、あえて聞きたい笑

 

 

本当に家族が作った

安心の中に一生いたい?

 

 

家族という集合意識

そこにあるのは空気は

 

 

「変わらなくていい」

「今のままで十分幸せ」

 

 

たしかに安全安心ではある

でもね、その安心感って

 

 

自分の足で立つ

怖さから逃げるための

免罪符にしてない?

 

 

え、そんなことない

親も旦那も子供も

私の事応援してくれてる

って方ほど超危険!笑

 

 

何故、言い切れるかって

私がずっとそうだったから笑

 

 

自分を信じて

ここに立ってると思ってたから

 

 

やれてると思ってたから

ここまで来れたと思ってから

 

 

でも、本当に欲しい物が

手に入ってないとしたら

 

 

自分でも気付いてない

すっごい深いところで

自分の足で立とうとしてない

image

(姪っ子の事も愛してるよ♡)

 

自分の足で立ってる気がしてる

でも、本当に欲しい物が

手に入ってないとしたら勘違い

 

 

それは自分の可能性を

全く自分で信じてない

 

 

家族の集合意識に依存して

傷つかない、家族の基準を

潜在的に、猛烈に、熱狂的に信じてる

 

 

この差はこの先大きい笑

だって私が大きかったから笑

 

 

家族を免罪符にしている内は

自分の未来なんて1ミリも叶わない

 

 

引き出そう

誰かに預けっぱなしにしていた

信じるという名の

膨大なエネルギーを

 

 

そして、それを全部、

自分自身に再投資しよう

 

 

家族を愛することと

家族の意識に依存することは

全く別物

 

 

あなたが本当の意味で自分を信じ

自分の足で未来を創造し始めたら

 

 

それが、家族に「本当の希望」になる

あなたは、誰の人生を生きる?

 

 

そろそろ、自分の可能性に全ベットして

自分の未来に賭けてみてもいいんじゃない?

 

(私は怖いくらい自分を信じてるよ)

 

こんにちは!

VSAパートナーHappy Person 

Batacoです

 

 

みんな、元気? 

私はめちゃくちゃ元気💚笑

 

 

今、これからの

自由な未来を描き直してるんだけど、 

すっごいワクワクする!✨

 

 

そう思えるようになったのは 

本当ここ数年で 

つい3年前の私は全く違ったけど笑

 

 

自慢じゃないけど←

大学卒業してから14年は

 

 

マジで画に描いたような

ザ・限界突破型社畜OL

 

 

まぁ、その社畜っぷりは

本当に相当やばかった

(語彙力・・・笑)

 

 

未来なんて

余裕がある人にしか

来ないと思ってた

 

 

目の前の仕事を

こなすことで精一杯

 

 

仕事して

飲みに行って

終電かタクシーで帰って

お風呂入って

4時間寝て

気合いで会社行って

 

 

私のこの毎日のどこに

未来が入り込んでくる

余地がある?笑

 

 

考えたこともなかった未来なんて

むしろ、考えようともしてなかった

 

 

「今、何とかなってるし」

「なんとなく今日が過ぎていく」 

 

 

そう感じている日々

それはだいぶ、危険サインだった

(上を見上げることなんてなかったあの頃)

 

月曜日が来て

仕事、帰宅

ご飯、お風呂、寝る

 

 

気づいたら金曜日

「あ、今週も終わった」

 

 

週末、少し休んで

また最高に退屈な

月曜がやってくる

 

 

今だから言えるけど 

明日が来ることが嫌すぎて 

 

 

会社に行きたくなさすぎて

大号泣したこともあった笑

 

 

今ならわかるけど

この涙は

自分に対する絶望

 

 

明日に、未来に、

自分が期待できない涙

 

 

泣くくらい嫌なのに 

「特別に何が辛いわけじゃない」

 

 

表面上はうまくいってる

でも、内側がずっと空虚

 

 

ちょっと言葉強いけど

命の無駄遣いみたいな

 

 

なんとも言えない

この「なんとなく」が 

積み重なると何が起きるか

 

 

1日単位では大したことない

でも、これが 1ヶ月、半年、1年と

積み重なったとき——

 

 

あれ、私この数年で 

何が変わったんだっけ?

 

 

ふと立ち止まった時に 

そうなるのが一番怖いと

私は思ってた

 

 

不幸じゃない

でも「最高に幸せ!」とは

到底言い切れない

 

 

前進してるつもりで

気づけばずっと同じ場所で

ぐるぐるしてるだけ

 

 

これって、性格の問題でも 

運でも環境のせいでもなくて、

ただ一つ、これが足りてないだけ

(向かう先は見えてる?)

 

「行き先」が決まってない

それだけのことなんだよ

 

 

でも、それだけのことでどんなに頑張っても 

「なんとなく」のループから 抜け出せなくなる

 

 

私もずっと

「なんとなくループ」 の中にいて

 

 

あ、抜けたなって思ったのは 

「どこに向かうか」 方向が

決まった瞬間だった

 

 

まず

変化したのは

時間の密度

 

 

「3年後、私はこう生きる」 

そう、未来を言語化したとき

 

 

同じ1日が、全然違う1日なった

 

 

今日やることが、ただこなす

「タスク」じゃなく 

 

 

「未来に向かう為の1歩」

そう感じるようになった

 

 

もし今、もしかして 

「今、なんとなくループの中にいる?」 

って感じていたとしたら

 

 

今日、寝る前に

ちょっとだけ考えてみて

 

 

「1年後、私はどんな人生を生きる?」

 

 

答えはすぐに出なくていい

ぼんやりしたイメージでいい

 

 

その問いを、自分の中に

持っておくこと人と

持ってないない人では

決定的な違いになる💚

 

 

地味だけど、 これが後に

地味じゃなかった!

って、本当に効く笑

 

 

向かう先が決まれば 

昨日までと同じ毎日が 

鮮やかに変わり始めるよ💚

(同じ景色でも角度が変われば見え方が変わるんだよ)