我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。
なんだか
すごく
考えさせられた。
他の事が耳に入らないほど彼のスピーチに聞き入った。
『じゃあ電気が足りなくなってもいいんですね?』という脅しのような質問
そして『現実的に考えて、原発に頼るしかない、仕方ない』となる。。。
この流れ。
まさしくそんな流れの言い訳。
現実的に考えて
現実的に考えて
げんじつてきにかんがえて
ゲンジツテキニカンガエテ
現実的に考えて
無理。。。。。かな?原発のない日本は?
現実的に考えて。。。仕方ないと思いこまされてるんじゃないのかな?
どうしてメディアの言う事を信じるのか。
このメディアは誰によって作られているかも知らないのになぜそれの言う事を信じるのかな。
実際私も知らないから、だからメディアの言う事はあまり信用していない。
まあ何を信じるかは個人の自由だから。
だから自分のものさしでちょっと考えてみる。
現実的に考えてみる。
ゲンジツテキニ・・・・
私の住んでるオーストラリアには原発はないけれど何不自由なく生活しているよ。
人口、国土、環境と違いはあるけれど、
適応能力のある人間だもの
できない事はないんじゃないのかな。
と私は現実的に考えて思うのだけど。。。
それでもいろんな人と意見があって
こうやって書いているブログだって電力があるからできるんだとか
結局ノー原発を叫ぶのに電力を使ってるんじゃないか
なんて言う人がいる。
smartass......
じゃ脱原発が非現実的だと言うのならそれでもいいか。
今までの長い歴史の中で人間は非現実的なものを現実にしてきたと思うんだよねぇ。
村上春樹 カタルーニャ国際賞スピーチ
http://www.47news.jp/47topics/e/213712.php?page=all
私も
【非現実的な夢想家】
になろう。
これから先の未来、まだ世界が存在していたら
あの時はああしてよかったねと言って振り返るのか
それともあの時ああしていればと嘆くのか
ちょっと想いにふけってしまった。
もしかしたらそれは今の私達の選択にかかっているのかもしれないね。
ああするべきだったと
また思い知らされたくはないよねぇ。
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