大阪で高校生の時に柔道の昇段試験で頭を打ち、
重度の後遺症が残った男性の裁判のニュースが
数日前流れた。
その日までは、本当健康な男の子。
だけれどもその事故を境に
ずっと意識障害が残り
息をすることしかできない状態。
何か意思表示をすることもできないし
自分で動くこともできない。
その子は硬膜下血腫になり、
対応が遅れたためそのような状態に。
正直、テレビで彼の姿を見て
とてもショックを受けた。
その姿に自分を思わず重ねた。
**********
忘れてない?
忘れてたでしょ。
今日一日平穏に過ごせたことを
当たり前に思ってない?
ここ最近、本当に穏やかな日々を
送っていたので
忘れていた。
当たり前の平和な毎日は
決して当たり前じゃない。
毎日に感謝して、
できるだけ丁寧にいきるということ。
あれだけ苦しかった日々も
時が経てば薄らいでしまう。
人間って勝手で、
時の力は本当にすごい。
時が解決してよいことと、そうでないこともあるのね。
私は運よく過去にできたけれど、
今回の彼、彼の家族にとっては
ずっと現在進行形の話。
忘れちゃ、だめなんだよ。
今があるのは当たり前じゃないんだよ。
思わず、母親に電話した。
忘れてたよ、ごめん。
毎日、あほな話ばっかりして笑って過ごしてるから。
もう、死んだと思ったんだよ。
どんな想いで10時間車を走らせたか。
電話の向こうで、笑いながら、泣いていた。
心配をかけた人がいる分、
忘れてはだめなんだ。
そんな私を戒めるように、
頭の右の後ろに鈍痛を感じた一日だった。
CTではもう写らなくなっても、
確実に私の体には刻まれてる。
くしゃみをすれば、
胸骨に痛みが走る。
それが私。
おやすみなさい。
重度の後遺症が残った男性の裁判のニュースが
数日前流れた。
その日までは、本当健康な男の子。
だけれどもその事故を境に
ずっと意識障害が残り
息をすることしかできない状態。
何か意思表示をすることもできないし
自分で動くこともできない。
その子は硬膜下血腫になり、
対応が遅れたためそのような状態に。
正直、テレビで彼の姿を見て
とてもショックを受けた。
その姿に自分を思わず重ねた。
**********
忘れてない?
忘れてたでしょ。
今日一日平穏に過ごせたことを
当たり前に思ってない?
ここ最近、本当に穏やかな日々を
送っていたので
忘れていた。
当たり前の平和な毎日は
決して当たり前じゃない。
毎日に感謝して、
できるだけ丁寧にいきるということ。
あれだけ苦しかった日々も
時が経てば薄らいでしまう。
人間って勝手で、
時の力は本当にすごい。
時が解決してよいことと、そうでないこともあるのね。
私は運よく過去にできたけれど、
今回の彼、彼の家族にとっては
ずっと現在進行形の話。
忘れちゃ、だめなんだよ。
今があるのは当たり前じゃないんだよ。
思わず、母親に電話した。
忘れてたよ、ごめん。
毎日、あほな話ばっかりして笑って過ごしてるから。
もう、死んだと思ったんだよ。
どんな想いで10時間車を走らせたか。
電話の向こうで、笑いながら、泣いていた。
心配をかけた人がいる分、
忘れてはだめなんだ。
そんな私を戒めるように、
頭の右の後ろに鈍痛を感じた一日だった。
CTではもう写らなくなっても、
確実に私の体には刻まれてる。
くしゃみをすれば、
胸骨に痛みが走る。
それが私。
おやすみなさい。
みなさん、年賀状書きあがりましたか?
私の方は…
PCが壊れ、去年きちんと整理した住所録がなくなって。。。。
けっこうへこんでいます。
今日日の若者は「出す派」と「出さない派」分かれますね。
私個人としては
やっぱり紙で
と思ってしまいます。
一番残念だったのが、
年賀状出して、
あけおめメールの返信で終わりにされてしまった時のことです。
年賀状ありがとうね~って
学生の頃だから、ずいぶん根に持ってることになるなぁ(笑)
彼女とは今もつながりがあるし、
大切な大切な友人には変わりない。
でも、そのときばかりは
価値観の違い?を突き付けられた気がしました。
遅くてもいいから、お返事は欲しいというのが
人の心なのかもしれない。
逆にその子にとっては、年賀状よりも
メールでのあいさつの方が
手軽でいいのだろう、と翌年から出すのを辞めましたが…。
本当は出したいんです。
でも、出さない主義の人にとっては
年賀状も面倒な行事の一つなのかもしれない。
そう考える自分もどこか寂しい感じがしたけれど。。
私も卒業して、仕事なんかが忙しくなった頃
メールでもいいかな、と思って
年賀状を休んだ年がありました。
でも、時が経って思うことは、
やっぱり紙が伝えるぬくもりは
何事にも代えがたいってこと。
返事を期待するのではなく、
あなたを想ってしたためる。
お元気ですか?
私は元気です。
それでいいじゃない。
今年はその彼女にも出そう。
返事はいらないよ。
しかし、困った、住所録。
私の方は…
PCが壊れ、去年きちんと整理した住所録がなくなって。。。。
けっこうへこんでいます。
今日日の若者は「出す派」と「出さない派」分かれますね。
私個人としては
やっぱり紙で
と思ってしまいます。
一番残念だったのが、
年賀状出して、
あけおめメールの返信で終わりにされてしまった時のことです。
年賀状ありがとうね~って
学生の頃だから、ずいぶん根に持ってることになるなぁ(笑)
彼女とは今もつながりがあるし、
大切な大切な友人には変わりない。
でも、そのときばかりは
価値観の違い?を突き付けられた気がしました。
遅くてもいいから、お返事は欲しいというのが
人の心なのかもしれない。
逆にその子にとっては、年賀状よりも
メールでのあいさつの方が
手軽でいいのだろう、と翌年から出すのを辞めましたが…。
本当は出したいんです。
でも、出さない主義の人にとっては
年賀状も面倒な行事の一つなのかもしれない。
そう考える自分もどこか寂しい感じがしたけれど。。
私も卒業して、仕事なんかが忙しくなった頃
メールでもいいかな、と思って
年賀状を休んだ年がありました。
でも、時が経って思うことは、
やっぱり紙が伝えるぬくもりは
何事にも代えがたいってこと。
返事を期待するのではなく、
あなたを想ってしたためる。
お元気ですか?
私は元気です。
それでいいじゃない。
今年はその彼女にも出そう。
返事はいらないよ。
しかし、困った、住所録。