「どうせ今だけなんでしょ」
私が持っている拗ねを集めて、こねてこねてぎゅっとひとかたまりにしたのがこの言葉。
友達がいない
居ても居なくなる
まず、
できることが奇跡。
私なんかとは誰も一緒に居てくれない
奇跡だから、あったとしてもふっと消えていくもの。
小学生のときに友達と上手くいかないことがあって、すごく悲しい思いをしたことがあった。
友達は2人でくすくす顔を見合わせて笑いながら、小道を私から逃げるために走っていく。
足の遅い私は追いつけない。
「まってよ」
叫んでも聞こえてないのか、無視されているのか。2人は知らんぷりで走っていく。
どこまでが現実か今は分からなくなってしまったけど、何度も夢にみてこの光景にうなされた。
走っても走っても追いつけないからか、その頃に病気で走れなくなった。
これでもう追いかけなくてもいい。
原因不明の病気のおかげで、少し安心する私もいた。
そのときにぎゅーーーっと、握りしめて信じたことがある。
「どうせ、私はひとりぼっち」
「大切にされない人」
仲良く見えたってどうせ、今だけなんだ。
それから目の前に起こる出来事は本当に、
嘘みたいに足並みをそろえて、
ぎゅっと信じたことばかりを見せてくれるようになった気がする。
嫌われたくない、を握りしめたまま時が止まった私の目の前を、沢山の人が通り過ぎていくような感覚。
高校生のときに携帯の待ち受けを歌詞画にするのが流行っていて、そこに一緒に書かれる言葉に虫唾が走った。
「親友」
「心友」
「真友」
どうせみんな嘘なのに。
くだらない。
そんなもの最初からいらない
私には必要ない
群れるよりさっぱりした関係がいい
そこから不必要に嫌われるようなことをしたり、なにかが、どこかがおかしいと分かりつつ、どうしようもないまま大人になった。
私のことを、忘れて捨てて行きたいと思っていたのは、だれよりも私自身だった。
大人になって、相変わらず出会いと別れは激しい気はするけれど、いつもその時々の私の側には支えてくれる人と、素敵な出会いがある。
悲しくて、置いていかれたような気がして、嫌われたくなくて、泣いて泣いて寝落ちする夜もある。
癒しても癒しても、そんな夜はある。
全部の私をすぐには拾いきれなくても、
少しずつでいいから、
私は私で生きることを楽しもうと思う。
で、
「ない」
を集めるのは得意分野なのに
「ある」
にはキレイに気づかない。
「だってないもん!!」
「~って言われたこともあるし!!」
なんて言いたくなるけど、本当はちゃんと
あったよね。
あなたにも、ちゃんとある。