先週亡くなったKさん。

脳性麻痺による重度の全身障害で自分の意志も表示できない方だった。

癲癇などもあって、24時間誰かの見守りが必要なのに、お母さんが亡くなった後、地域で1人暮らしをしていた。

ありとあらゆるサービスをフル活用しての生活。

最初に話を聞いた時は、「何故そこまでして1人暮らし?大丈夫なの?施設の方がいいのでは?」と単純に、純粋に思った。


でもこの仕事を始めて数ヶ月経ち、彼が地域で生活をするという意味が少しずつ分かり始めた。

彼をサポートする体制、そして唯一の身内である叔父さんが岡山から毎週やってきて、叔父さんが栽培している野菜を『Kの市』と銘うって、ボランティアさんたちと販売する。

彼の周りでは、沢山の人が動き、何かが行われていた。


今日、その叔父さんが挨拶に来て話されることを聞いて、感情を抑えるのに必死だった。


「もしかしたら、施設にいたほうが、Kはもっと長く生きられたかもしれない。でも、もしそうしていたら、Kのことをここまで皆に知ってもらうことはなかった。Kは何も発しなかったけれど、何より多くのものを発信していた。この活動を今後も何らかの形にしていきたい。Kは自分にそうしろと残していった気がする。」


地域での生活を支援するというのは本当に大変なこと。

でもその意義の大きさをふと垣間見た日でした。