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戦略社長塾・東京 ランチェスター経営 中小企業のための経営塾

戦略社長塾はランチェスター経営㈱(竹田陽一)で開発した経営戦略のDVDを教材に使い、中小企業の社長が3人~6人ほど集まり、少人数で経営戦略を研究する寺子屋式の勉強会です。

今回は幻冬舎から出版された
「世界トップシェアを勝ちとった田舎の小さな工場の奇跡」から経営戦略を学びます。
(著者:オキツモ㈱代表取締役社長山中 重治氏 1,300円+税)

 

帯広告には
「東京から5時間。従業員200人未満。
三重県の山奥に、
シェア世界一の製品を生み出す
『耐熱塗料』会社がある。」

 

縮小する国内市場の中で中小製造業が
「生き残る」ために知っておきたい5つの戦略。

 

●製品開発は競合が少ないニッチな分野を狙え。
高性能多機能商品で大手が参入しにくい分野。

 

●新事業はプロジェクト化せずにまず、スタートせよ。
最初からテーマや予算をつけず、
ギャンブルではなく、小さな種を身の丈サイズでコツコツ育てていく。

 

●積極的な開発者のオタク的発想を取り入れよ。
研究熱心な技術者の発想。

 

●アイデアの素は「営業」と「開発」の垣根を越えたコミュニケーションにあり。
事業部横断の会議。意見を戦わす。

 

●異業種との「協業」でビッグビジネスを引き寄せろ。
自社1社だけでは限界がある。


「商品戦略」


●失敗談として、
売り先を考えずに商品開発を進めてしまった。
販売まで時間がかかりコモディティ化を招いた。


(コモディティー化とは市場参入時には高付加価値を持っていた商品が、
普及段階における後発品との競争のなかで、その機能の優位性や特異性を失い、
一般消費財のように定着していくこと。)

 

●反省をいかして、
販路も同時進行で開拓しながら商品開発を続ける。

 

「こんな素晴らしい商品なのだから売れる」という考え方ではなく、
「売るためにはどんなものをつくるか」と考える。


オキツモ株式会社(国内)海外含むと売上高70億円。
平成26年12月期 売上高 純利益(百万円) 従業員数 1人当たり純利益
            4,231   292         127人    2,299(千円)
塗料業界の中小企業の1人当たりの純利益は510千円。ざっと5倍です。

ニッチトップになると利益性がグーンと良くなる実例です。

 

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「マニュアル」


 

レンタルスタジオI社(従業員数100名)の話。

 

1980年、CM専用の動画(ムービー)と静止画(スチール)両方の

撮影を融合したスタジオとしてスタート。

 

当時、経営者も従業員もほとんど素人。

このようなスタジオはなく、

ブルーオーシャンとしての挑戦でした。

 

今では、広告代理店大手の電通や

博報堂も自前のスタジオを持っており、

大手CM制作会社も自前のスタジオを持っています。

 

それでも

大手広告会社や大手制作会社がI社のスタジオを使用します。

 

それはなせか。

 

1.都心の立地。

2.スタッフの技術力と対応力。

3.クリンネス。メンテナンス。

 

スタッフの技術力と対応力に

多いに役立っているものがマニュアルです。

 

オープン当時からほぼ素人集団が

一人ひとりのノウハウを生かし、

バージョンアップを重ねて作られてきました。

 

基本は、

1.あいさつ。

2.指定された機材の設置。

3.お茶だし。

 

絶対やってはいけないことは、

1.感電事故。

2.落下事故。

3.火災事故。

4.情報事故(情報漏えい)。

 スタジオに入ったら、携帯・スマホを預けます。

 

一番重要なことは、

平常時ではなく、

「突発的な対応」が出来るかどうか。

 

突発的出来事や異常時は

各個人に委ねられることから、

過去の蓄積されたノウハウと

一瞬の判断で機転を利かすことになります。

 

マニュアル以上のことができるスタッフが

リーダーになっていける人材です。

 

レンタルスタジオ業界ではトップランナーです。

トップを維持し続けることはもの凄いプレッシャーもありますが、

常に新しい情報を仕入れ、

チャレンジ精神を持ち、

顧客に満足していただけるサービスを提供しています。

 

あの大物女優(YS氏)は

CM撮影の仕事では必ずI社のスタジオを指名します。

 

マニュアルを活用して決算書には出てこない企業の資産を垣間見ました。



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「正解はひとつではない」

東京下町にあるアパレルのOEM製造会社の話。

昔、同業者がどんどん中国に進出していき、

自社は行きそびれていました。

OEMばかりではなく、

自社ブランドを作り、

いろいろ試行錯誤していました。

自社ブランドは立ち上げたものの、

結果的には拡げることはできませんでした。

今は100OEM

売りは、「MADE IN JAPAN」。

数が少なくなっている協力工場を発掘・育成して、

サプライ・チェーンを確立しました。

そうなると「下請け」という位置付けではなく、

パートナーという位置付けまで地位を上げていきました。

こうなると価格や納期で競うのではなく、

アパレルメーカーの一部門の位置付けになり、

なくてはならない存在になります。

脱・下請けとして自社製品を作り、

自分で売っていくことは正しい道ではあります。

しかしOEMを極めることもひとつの生き方です。

もうひとつの東京下町にあるアパレルOEM会社の話。

ここは過去2回「ガイアの夜明け」に登場しています。

下町の4社が集まり、

下町ブランドを作り、

イタリア・ミラノの展示会に年2回出展し、

欧米のセレクトショップに販売実績が増えてきました。

徐々にですが

MADE IN JPAN」が

認知されるようになりました。

銀座にオープンした「東急プラザ」の6階に

はじめて常設の店舗を出店しました。

主力はOEM事業ですが、

自社(東京下町)ブランドが花開き始めてきました。

そこに欧州のセレクトショップからOEMのオファーがありました。

ミラノの展示会における東京下町ブランドが評価を得たのです。

ブランドを持っていたことがOEMの依頼を受けたのです。

ブランドを立ち上げなかったら、この話はありませんでした。

この2つの事例で思ったのは、

正解はひとつではないということです。

会社の強み、個性、

そして経営力と顧客と競争相手との力関係などの諸条件により、

正解が違うということです。

ただ言えることは、

強みをより強くして、

独自性を発揮して、

顧客に受け入れられていることです。

永遠の課題ですが、

自社の「強み」は何か。

ここに気がつかないとヤバイことになります。

まずは自社の「特徴」を発見し、

磨いて「強み」にして、

さらに磨いて「てっぺん」にする。

ここなんですね。