思春期やせ症?
こんにちは、塔子でございます。
今日も天気はとてもよく、そして肌寒い一日となりそうです。
皆様いかがおすごしでしょう。
過食症、わたくしの場合。
わたくしは標準体重です。154㎝、50kg.。この体重が重すぎる!と感じるかたは沢山おられることでしょう。女性に限らず男性でも、骨格を無視して、40キロ代伝説を未だに信じているかたが多すぎます。ここではっきりと書きます。50キロあっても普通なのです。
わたくしは今でも過食をたまにします。1ヶ月に1.2回ほど。それでもそんなには太りません。わたしの元の職業が栄養士だったこととも、無関係ではないと思っております。
それはともかく。摂食障害は10数年前には「思春期やせ症」と呼ばれておりました。大人になりたくない、成熟した女性の身体が嫌だ、いつまでも子供のままでいたい、ただ単にダイエットの反動で、など等理由は色々定義されていたようですが、今は違います。詳しくはその手の本を読んで見てください。わたくしがここに書くことは、引用になってしまいますから。
高校2年生の時に発症し現在に至るわけですが、ここまで来るのに、それはそれは苦しい道のりを歩いてまいりました。
人生で変わった点がいくつかありました。
いつも食べ物のことを考えている・過食代が異常にかかる→お金が足りない・集団行動がとれない(過食に時間を割くため、学校、自宅にいるのが苦痛)など。
その結果学校には行かなくなり、マンションの屋上、デパートのトイレの中、一人家に引きこもって、ただひたすら食べ続けました。体重は45キロから65キロまで増え、当然学校に行くのがますます苦痛になり、今で言う「引きこもり」になりました。また、○濃病院でもらった薬が身体に合わず、家族に暴力をふるうようにもなりました。家族全員が疲れ果てていた頃のことでございます。
友人と呼んでいた人達とも口をきかず、ただひたすら卒業のために学校に通い始めたのは、とりあえず○濃病院での治療のお陰ですが、病気はますます進行してゆきました。
被害妄想、自己嫌悪、劣等意識にさいなまれ、短大に進んでからも、それは少しづつわたくしを蝕んでいったのでございます。
ちなみにわたくしは吐かないタイプの過食症者です。その分治りも早かったとはいえ、それでもここまで来ますのに10数年かかりました。いま現在、摂食障害にかかっておられる方は、すぐに病院に行ってくださいませ。吐くタイプの方は要注意です。歯が溶けます、喉に炎症を起こします、吐きだこができます、顔だけが異常にむくみます。そのほかにも、これから先の人生を送る上で重要な事柄に支障をきたす症状が、色々と現れます。
どうかどうか、吐くことだけは止めてください。摂食障害の入り口にいる方も、間違っても吐く癖だけはつけないでくださいませ。
それで皆様、ごきげんよう。
塔子拝
現実を見つめる
こんばんは、塔子でございます。
皆様、心地よい眠りについておられることと思います。
今日は夜から雪が降りだし、たいそう寒い夜となりました。こんな時間に起きてお仕事されている方には、塔子から熱いコーヒーを、振舞いたいたいくらいでございます。
ア症を発病したのは、祖父母の介護、両親との確執が一番の理由だったのでは、と今思います。
実家は東北、わたくしは関東に住んでおり、その当時は実家と嫁ぎ先の往復を頻繁にしておりました。本当に御自宅で介護されていた方からご覧になれば、とんでもなく甘っちょろい境遇ですが、その時にはわたくしにとって、闘いの日々でございました。父は外に出ればとりあえず「エライ」立場におりましたが、酒癖が悪く、母は母で両親の介護に疲れ果て、車の運転にも集中できないほどでございました。家庭がすさんでいる、また、激動の日々をなんとか乗り切っているという様子でした。
わたくしのア症の道筋。
最初は夕方から飲み始め、ア症の真っ只中では起きてまず、焼酎を生で飲むようになりました。
介護の最中にもずっとマイボトルに焼酎を入れ、欠かさず飲んでおりました。
母はそんなわたくしを心配しつつも、どんな言葉をかけてよいものか、悩んでいた模様でございます。
と、ここは後でわたくしが思い至ったこと。当時はそんな母の気持ちなど汲み取る余裕も、思考回路もございませんでした。
酒量が増えるにつれ、だんだんと食事が出来なくなってまいりました。ものを食べるとうまく酔えなくなるのです。それにつれ、インプティカロリーのお酒だけでは体重を維持できなくなり、どんどん痩せていきました。
154㎝、37キロほどになったとき、ついに母が「大丈夫なの」と声をかけました。わたしは過食で太っていた(47キロくらい。骨太のわたくしにとってはこれでも体重がないほうでしたが)のがようやく人並みになれたと喜んでいた時だったので、母の心配は全く心に響きませんでした。しかし、こんな体重になるまで一言も優しい言葉をかけてくれなかった母に憎悪を感じました。これも後で思ったことでございます。
またお目にかかりましょう。次回は過食症について書きたいと思います。
それでは皆様、明日お休みの方は充実したお休みとなりますよう。お仕事がある方は一日無理せずお仕事なさってくださいませ。
塔子拝
「努力」の結果?
塔子でございます。
わたくしはアルコール依存症から立ち直るには、何が必要とされるのかを考えてみました。
巷では、とにかく「努力」、「努力」すれば立ち直れる、と思っていらっしゃる方が多いのではないでしょうか。わたくしが考えるに、それは間違っています。「努力」すれば治る、とおっしゃる方はアルコール依存症を少々なめてかかっておりますね。
アルコール依存症(以下ア症と呼びます)は、努力して直るものではありません。勿論努力は必要です。しかし、それだけで治ると思うのは、ア症を理解しておりません。努力で治るというのは、ただの「根性論」です。
ア症を治すにはとにかく「妥協」「惰性」というものを最優先にした方が、治療がうまく行くものです。そうです、「惰性」です。酒のない生活にどのように馴染んでいくかが重要なのです。ずっとお酒を飲まれていた方は、それが当たり前になっております。ですから、酒を抜くにもとにかくその生活に慣れること、いかに酒のない生活を「惰性」でおくることができるかどうかでございます。
わたくしは3年といく月かをお酒抜きで過ごしてまいりました。これは、もう飲みたくないのと、酒のない生活を惰性で送っているからでございます。酒を飲まないのが普通になってきたのです。
それはまぁ、最初はきつうございました。でも2年目あたりから、酒というのは飲むものではない、料理に使うものだ、他人が嗜好するものだという思いが芽生えてきました。
それでは、また今夜にでもお目にかかりましょう。
塔子拝
再入院
皆様こんばんは。塔子でございます。今日も暖かな日でした。
夫とともに病院に行ったのですが、天気がよいもので、午後は川のほとりでお団子をたべました。
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再入院。一度目の入院でリタイアしたわたくしですが、その同じ病院で治療を受け、最後まで治療をしなければ、もう後がないと思いましたので、再入院いたしました。任意でございます。
そのときもなかなか大変でした。看護婦さんたちはあまり協力的ではありませんでしたし(今思えば、それはプロの態度だったのだと思います)、一人、病院のなかに3ヶ月いるということ自体が、苦痛でした。アルコールを抜くのはこんなに大変なことなのだなぁ、ととても苦しい思いを致しました。
あまりその時のことは、思い出せません。思い出したくても、ただ辛かったというだけで、どんな風に辛かったのかが記憶にないのでございます。毎日毎日同じことの繰り返し、肝臓が弱っていたにも関わらず、運動はさせられるは、過食jは夜にはできないわで、そのことだけは鮮明に覚えています。
とても辛いアルコール断でした。
しかし、そのお陰で、すっぱりとお酒と縁を切る事が出来ました。
アルコール依存症、摂食障害を治すには、家族の協力、そして良いお医者さんにかかることです。あとは自分の根性が必要です。強くなくてもいいのです。ただ、お酒を止めたい、という気持ちがあれば、だれでも克服することが出来る病気です。
わたしの入院していた某アルコールセンターは「薬漬けにさせられる」という悪評もたっていますが、基本的に良い病院です。
どうか一人で闘わず、同じような病気を持った仲間と一緒に治療を受けてください。今、アルコール依存症で悩んでいる方は、一刻も早く病院にかかってください。人生は、生きているだけで素晴らしいものです。
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明日は過食症について、わたしの体験を書きたいと存じます。
それでは皆様、良い夢を。
脱走
皆様、こんばんは。今日は天気が悪いかわりに、暖かな陽気でございました。
いかがお過ごしでしょう。
わたくしは今日もどこへもゆかず、家のなかで仕事をしておりました。最近仕事が滞りがちで、焦っております。
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某病院でアルコールを抜く治療を行っておりましたが、ある日、とうとう我慢がきかずに、病院から脱走いたしました。外出はOKな段階でしたので、比較的楽に脱走出来た次第です。夫を電話で呼び出し、まだ抗酒剤(シアナマイド)が効いているにも拘らず、飲酒したところ、半分死にました。
やっとアルコールが抜け、気がついたときには病院の監獄(がっちゃん部屋と呼ばれておりました)の中。一日拘束されました。
それからほどなくして、任意で退院致しました。勿論、飲酒の日々に戻りました。
二度目の入院で、3ヶ月頑張れた訳ですが、それは明日にでも。
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安部公房の「砂の女」を読む予定が、仕事の遅れでそのまま放置されております。こんな有名な本を知 らなかったという時点で、本を読むのが趣味です、とは言いにくいのですが、お許しを。
わたくし、読書が趣味なんです。
それでは、皆様、よい夢を。
雨、雨、雨
今日はとても寒い日でございました。買い物もせず、家にこもって音楽を聴いていました。
それにしても、多くの社会人の皆様は、雨にもめげず、会社へ行ったり、お仕事をしていたりするのですよね。頭が下がります。
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3年いく月か前のこと、アルコール依存症真っ只中にいたわたくしは、病院ジプシーを繰り返したのち、某アルコールセンターに入院しました。たまたま風邪を引きまして、病院の先生にアルコールの量を話したところ、「あなた、それはアルコール依存症ですよ。紹介状を書くから、すぐにでも入院しなさい」とおっしゃられたからでございます。
あとは面白くないくらい、即入院が決まり、治療が始まりました。
最初はとても大変でございました。アルコールを抜いているため、幻聴、幻覚、物忘れ、情緒不安定、そしてこれが一番厄介だったのですが、飲酒欲求が限界にくるほど、ひどい状態になりました。
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それでは皆様、今晩も良い夢を。
初めまして
みなさま、こんにちは。塔子と申します。
初めてパソコンでブログというものを作ってみました。
読みづらかったり、何もない場所もあるのですが、おいおい追加、改善してゆくつもりでございます。
日記は日記ですが、昔のことも織り交ぜつつ、書いてゆきます。
特にアルコール、摂食障害で苦しんでいる方に、読んでいただけたらな、と思います。
わたしが手本になるとは思えませんが、暗闇を照らす一筋の光なれたなら、
そして過食症や、アルコールについて、少しでも理解が深まるようになれたなら、
本望でございます。
ちなみにわたしの身長体重を。
154㎝、50kg.です。
体重が40kg.をきっていらっしゃる方は、どうか、お医者さんにかかってくださいませ。
危険です。死にいたることもあります。
それでは、皆様、よい夢を。