今日もお休みをいただいた。
体調は戻りつつあるが、感染性ということで他の人に迷惑をかけてはいけないからだ。
インフルもそうだけど、自分で体調が戻ったつもりでも菌を保持していることがあり、誰かに移すという結果にもなりかねないからだ。

早朝のノルマの授業だけして、早々に自宅に戻った。
ここぞとばかり睡眠を取り、録り溜めておいたビデオなどを視聴する。
NHKで昨年放送されたユーミンのデビュー40周年のビデオなど見る。

その中で、1991年の日本ゴールド・ディスク大賞のインタビューでユーミンが答えた言葉が心に残った。

「才能は母乳といっしょで出さないと体に悪いっていうし、(一度も出したことないんでわかんないんですけど)、どんどんやっぱり走り続けて出していかないとな、バチが当たるなと思っています。」

これを要約すれば、
「才能は出さないと体に悪いし、バチがあたる」とまとめられるだろう。

もちろん、自分の才能に気づき、それを出すことに専心して一流を極めた人の言葉であるし、我々凡人にまねのできることではない。
むしろ我々の多くは自分の才能がどこにあるかさえ見極められないのが現実だろう。

才能がどこにあるかが自分でわかる人もいれば、誰かに教えてもらって気づく人もいる。
そして自分の才能を見つけたら、一心にそれを磨いていくこと。
それが一流になるコツかもしれない。

となれば、才能を見つけ出すことが最も重要な関門である。
自分で見つけ出せないなら、誰かに教わるしかない。
その人の才能がどこにあるかを見極められ、それを伸ばしていくことが出来る人物を古代中国では伯楽と言った。

伯楽。
かつてはよく使われた言葉であった。
それがいつのまにかコーチという言葉に置き換わってしまった。
コーチというのはどちらかといえば技術的な面に比重が置かれた言葉だろう
それに対して師匠と弟子の間に信頼関係がある時にこそ伯楽と言う言葉がふさわしいと思える

信頼関係の上に人間的な結びつきがあって、選手は才能を花咲かせることができる。
水泳の松田選手のコーチであった久世コーチは、「コーチ」と呼ばれていたが、松田選手を幼少から指導し、精神的な絆で結ばれた彼女のような存在を伯楽というのではなかろうか。

そして、そういう伯楽がいて、選手は自分の才能を信じてさらなる高みを目指していける。
それこそ、「才能は出さないと体に悪いし、バチがあたる」という信念で。
ユーミンの言葉から、こんなことを思った。


今日もウィノローグに来ていただきありがとうございました。
一方で、「出すほどの 才能ありや 我に問え」 と思ったりするのではあります。