年賀状の季節。

今年は2年ぶりに年賀状を書くことになります。

昨年は喪中でしたので。


印刷所で裏を印刷してもらって、住所はパソコンでという他人まかせ。

申し訳ないと罪滅ぼしに裏に近況を自筆で少しだけ書く。

「いかがお過ごしですか。学校もあいかわらずです。」などと、屁とも何ともないコメントを入れたりする。

毎年こんな調子なんですが、この程度なら書かないほうがましですね。


というわけで、今年は少しは心を込めて書こうかと思ってはいますが、さて、自信はありません。


普段は音信さえもまれな人になんらかの思いを伝えるために、わざわざ年末という忙しい時期に文字をしたためる。

せわしない季節だからこそ、あえて時間を空けてその人を思い出す。

遠くにいて、もう一生会わないかもしれない人を思い出すために、書く。

きっとそれが年賀状の存在理由なのかもしれません。


それなら殊更に虚礼廃止だのって言わなくてもいい。

あなたのことを思い出すときもあるのです、というささやかなメッセージ。

あなたを思う「思い」を、遠くにいるあなたへ「やる」、という「思いやり」。

その小さなメッセージに虚礼も何もなかろう。


今年も150枚ほど印刷に頼んでいます。

出来上がってきたらパソコンで宛名を印刷します。

その後、少し心をこめて小さな言葉をしたためましょう。

あなたを忘れないために。


今日もウィノローグに来ていただきありがとうございました。

毎年凝った年賀状を作られる方が必ずいます。

その手間と「思いやり」に心をなごまされます。

ありがとう。