またしても、無差別殺人事件が起こった。

昨夜の八王子での事件。

中央大学4年の女子学生が殺害され、ほかに1人の女性が重症を負ったという。

殺傷事件を起こした犯人は33歳の男性である。


家族が仕事の悩みを聞いてくれなかったからむしゃくしゃして、「殺すのは誰でもよかった」ということで犯行に及んだという。

なぜ、むしゃくしゃしたから殺人なのか、

なぜ、殺人が無辜の誰かに向かうのか、

ここのところがわからない。


あまりに短絡している思考だけど、本人にはその「短絡」さの加減がわからないのだろうし、そもそも「短絡」しているとは思っていなくて、きっと「むしゃくしゃ→殺人」という、恐ろしい方程式がインプットされているとしか思えない。


もちろんこの「→」の中には、倫理観の喪失、人格的障害、不安に満ちた社会現状とかの様々な要因がはたらいているとは思うが、自己の不満・鬱屈・憤怒・絶望・怨嗟などの感情が、なぜに殺人に向かうのだろうか。


心理学者は様々な分析をするだろうけど、不満の感情はストレートにその不満をもたらす元凶に向かうものと思っていたが、そのベクトルは今は自分よりも身体的にも精神的にも弱者と思われる者に向かっているようである。


しかも、その弱者は、アプリオリ的な弱者(先天的に男は女よりも力が強いみたいな)に向かうだけでなく、自分を自分以外のモノで武装することで、自分と同じ地平にいる者よりも(殺傷できるという)有利な立場に立つことで相手を弱者に仕立て、自分の欲求不満を満足させ、しかもそのカタストロフィとしての殺人があるのではなかろうか。


直接、自分に向かってくる敵を同定できず(あるいは意図的に同定せず)、その結果、敵に対して武力闘争することもできず、その出口無き不満が、自分より弱い立場にある他者に襲い掛かるというわけか。


先生に叱られて、その悔しさを幼少な弟妹に当り散らすという構図と同じか。