アイコンママブロネタ「日々のできごと」からの投稿


私の姉が無事に出産したことは、先日、ブログでもご報告しましたが、
今日は、そんな姉の出産といのちのお話です。





おねーちゃんには、独身時代から飼い始めたペットがいます。
オスのうさぎで、名前は「ひなた」。
名前の由来は詳しく聞いていないけれど、おねーちゃんの名前もおひさまに関係するからなのかなって、
私は勝手に解釈してました(笑)
赤ちゃんだったころのひなたは、一時期「斜頸」っていうものになってしまったけれど、
それ以外は、元気にすくすくと成長しました。
おねーちゃんが結婚してからも、もちろんひなたは一緒に生活していました。
ひなた、おねーちゃんの旦那さんにヤキモチ焼いたりしなかったかな?
おねーちゃんの旦那さんも、初めはうさぎのお世話に戸惑ったに違いないけれど、
今ではもうお手の物。ひなたはほんとに、立派な家族の一員です。




そんなひなたも、人間で言えば90歳を過ぎたおじいちゃんになりました。




姉が里帰り出産のために実家に帰ってきたのは11月上旬でした。
その時から「ひなたの足腰がだいぶ弱くなってきてる」っていう話をしていました。
うさぎは寒さに弱いから、この冬頑張って越えないとねって言いながら。
でも、やっぱり90歳を過ぎたおじいちゃんうさぎには、だんだん「その時」は近づいてきていて…




出産予定日前、おねーちゃんと、食が細くなってきたひなたを動物病院へ連れて行きました。
獣医さんは「これと言った病気がなさそうだから、老衰ですね。だから延命は可哀想かもしれない。」と。
おねーちゃんも、「自然なカタチで」という希望を私たち家族にも伝えました。



おねーちゃんの出産は予定日を11日も過ぎました。
出産したということは、そのまま1週間の入院があるわけで…
その間、もちろんひなたはおねーちゃんのそばにはいられません。
代わりに実家の母が、ひなたのお世話をしていました。
おねーちゃんは結婚前、実家暮らしだったので、ひなたのお世話の仕方は母もなんとなくはわかっていました。
でも、ひなたには、いつも世話してくれるおねーちゃんの姿が見えないこと、
おねーちゃんの声が聞こえないこと、おねーちゃんの手で撫でられないことがわかっていたと思います。
おねーちゃんが出産して入院してからの数日、ひなたはそれまで以上に早いスピードで衰弱していきました。
大好きだったうさぎ用のお菓子も食べられず、起き上がることもできなくなりました。


せめて、おねーちゃんの退院予定日までがんばれ…!
私や母の思いはそれだけでした。おねーちゃんの退院日の2日前、もう危なそうなのがよくわかりました。
だから、あと2日、繋いでくれる点滴をしてもらいに動物病院に連れて行こうかとも思いました。
でも、おねーちゃんの「自然なカタチで」の希望を思い出し、それをやめました。



その夜、自宅にいた私は、昔、大切なヒトを亡くした時のことを思い出していました。
そのヒトにしてあげられなかったことがあって、それを今でも後悔しています。
まさか亡くなると思わなくて、「また今度にしよう」とそれをせずに、結局してあげられなかった。
「また今度」なんていう安易な気持ちを持った自分に、今でも後悔しています。


昔を思いながら、「どうしても今しなきゃ、また後悔するかもしれない…!」と思って、
RayをMi-kunにお願いして、私は実家に向かいました。
たぶん、おねーちゃんは間に合わないだろう…そうは思いたくなかった。
ひなたがおねーちゃんに会わないまま死んじゃうなんて、そんなのは絶対に嫌だった。
でも、目は虚ろで、横たわってなんとか呼吸しているひなたを見たら、現実逃避もできなくて。
ひなたの最期を看てあげられないおねーちゃんに、
最期までがんばったひなたをちゃんと見せてあげようと思って、私は短い動画を残しました。





その夜のうちに、ひなたは、お星様になりました。





うさぎはひとりでは淋しくて生きていけないなんてよく言うけれど、
ひなたは逆に、なかなか子宝に恵まれなかったおねーちゃんの淋しさを紛らわせてくれていました。
「でもやっぱり、最期はひとりになっちゃったから、ダメだった…」私はそんな風に思っていました。

でも、おねーちゃんが「飼い主孝行なうさぎでしょ」って言ったのを聞いて、ハッとしました。

ひなたは淋しくなったから死んでしまったわけではないんだと。
おねーちゃんがいよいよ出産したことも、産後、初めての育児にてんてこ舞いになることも、
ひなたはわかっていたのかもしれません。
そんな中、弱っている自分の世話までおねーちゃんにさせるわけにはいかないと、
ひなたは自分でいのちの終わりのタイミングを選んだのかもしれません。





おねーちゃんの赤ちゃんは、コウノトリさんが届けてくれたのではなく、ひなたが届けてくれたんだね。
ひなたが自分自身の寿命を悟って、届けてくれたんだね。





生まれてくるものあれば、死にゆくものあり…
まさにそんな出来事でした。




いのちってなんだろう、とか生きる死ぬってなんだろう、とか
たまに道徳の題材になるけど、答えは出ない。
「いのちを大切にしましょう」なんてことは大前提で、
こういう経験を、ひとりひとりがどのように感じて、どのように伝えて、どのように活かしていくか
だと思うのです。
今回、こんな経験ができて、私自身、本当によかった。
ひなた、そして産まれてきた姪っ子、そしてひなたを育て姪っ子を産んでくれたおねーちゃん、
本当にありがとう。