ぷっはー、Loveは愛じゃないよ(笑)
何が言いたいのかと言いますと、
特に何も無いです。
何となく、英語と日本語が対応しているのだなあという
現実の環境にしばし驚いたのです。
翻訳という。
ただ、キリストは英語を話してないだろうし、
ジョンは英語を使ってたし
でも、それはLoveなのか愛なのか、はたまた今あるのかどうか分からんラテン語なのか
微妙にズレていたら、
どうするんだろうなあ。
杉本博司という人の「苔のむすまで」という本をダラダラ読んでいます。
とてもシンプルな文章でよく何を言ってるのか分からなくなることがありますが
『京の今様』という章が好きで何度も読んでいます。
ちなみにこの方は写真家です。
この方は少々ジンゴイスト(語弊があるかは承知で)なのでは、と思います。
何をもって愛国と呼ぶのかは分かりませんが
愛国の対象は、国であって言い換えればそれは風土であると思います。
人はその風土の象徴などにはなれるとは思えないし
「愛→人」=「愛→国」
という図式も存在しないと思います。
そんな中で
『京の今様』が面白いのは
人が化け物になるサマがよく分かるからです。
何の気無しに古典や日本史の授業で習ったことも
月日が経てば、『歴史』としてカラダとアタマに染み込みます、ので
面白いのです。

