日記というものが人に見られるものだということを改めて意識し記す。

神戸で交通事故の裁判を戦っておられるある家族にお会いした。

事故の概要は、2000年5月、別の交通事故に遭遇し救助活動を行っていた姉妹に、加害者車両が突っ込んできたというもの。結果、姉は記憶障害、視力低下やめまいの後遺症を受ける。妹は首から下は左腕以外動かないという全身麻痺に。しかし事件当時、加害者は不起訴処分。

全く杜撰で悪質な警察の捜査と医師の診断、加害者の最低な人間性、その加害者と談合しているとみられる神戸市。

全てが壁になっています、とお母さんは話された。

今年の9月、ようやく当初の不起訴処分を撤回させ、加害者を起訴することができ裁判を開始することになった。昨日はそんな事件の2回目の公判だった。
非公開だったため裁判は傍聴することはできなかったが、裁判後お母さんに事故現場や経営されている洋品店、ご自宅まで案内していただいた。
ご自宅では妹さんとお話をすることができた。ユーモアがあって、ポジティブで、とても綺麗な人だった。心からそう思った。

と、ここまで書いてきて、やはり文章が稚拙なせいで、何も伝わっていない気もするが、諦念することなくあと少し続ける。

2日間、交通事故の被害者や遺族の方たちのお話を聞いて「なぜ、こんなに素敵な人たちの人生が狂わせられるのか」という全く論理的ではない感情にとらわれっぱなしだった。その感情を否定する気は無い。

俺は何も期待はされていない。だからといって、今回の、いや今回に限らず人生における、もしかすると人が身を切るような思いをして与えてくれている、素晴らしく、価値ある出会いを殺すつもりは、全く無い。