ハウルの動く城と個性的なヒーロー | 複雑系レトリック~自営業白書~

ハウルの動く城と個性的なヒーロー

弘法も筆の誤り


こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?


昨日は彼女と二人で

ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
ハウルの動く城 特別収録版

を見ました。



まだご覧になっていない方もいらっしゃると思いますので、内容についてあまり詳しいことは書かないでおきます。


とりあえず1つ言えることは、これまで宮崎アニメで味わってきた感動とは違う印象を受けました。


ナウシカやラピュタやトトロなどの名作で強烈だった一種の喪失感が感じられません。



よく言うと「丸く収まった」


悪く言うと「都合良すぎ」



ってとこでしょうか(`Θ´)




ところでここ10年くらいの間、宮崎アニメはちょっと詰め込みすぎやと思っています。


なんか展開のスピードについて行けないときがあるんですよね・・・



例えば千と千尋だと、ハクの正体が明かされるあたりの成り行きが唐突すぎると感じます。

別にハクとの因縁は明かさなくてもストーリーは成り立ったんじゃないだろうか・・・


今回もそれと同じような部分があって、もうすこしったりと作ってはどうか・・などとシロウトのくせにナマイキなことを考えていました(`Θ´)




ハウルは期待値が大きすぎたため気になるところもいくつかありましたが、全体としてはやっぱり高いクオリティをキープしていると思います。


また久石譲が作曲した音楽もやっぱすげぇ・・・宮崎アニメと久石譲の音楽は切っても切れない縁があります。


久石譲は私の憧れの作曲家です(`Θ´)






ところで、ある作品に対するとらえ方は人の数だけ存在するものだと思います。


それらを全部足し合わせれば作品そのものになるわけでもありませんし、中には制作者の意識を超越している「解釈」も存在するでしょう。


たとえば名画と言われる絵のほとんどは、制作者の意図を超越した価格がつけられていたりとか(笑


作品は世に出された時点から既に制作者の手を離れてしまうもので、このことは作る人にとっては醍醐味でもあろうかと思います。






私なりの捉え方によると、宮崎アニメにはある一定の原則が存在します。



キーワードは成長!




頼りない主人公がいろいろな経験を経て、大きく成長・飛躍する2時間。


私たちはその様子を目の当たりにするからこそ、元気になったり感動したりするのだと思います。



ハウルもまた例外ではありませんがネタバレしないで書くのが難しいので内容については触れません。


その代わりといっては何ですが、成長繋がりでこんなものをご紹介したいと思います。







イナズマン

 ↑

 イナズマン



これは1974年から放送された特撮ヒーロー番組で、私は小さい頃に再放送を見ていました。




簡単に申し上げると仮面ライダーの類似品と言えると思いますが、私の脳内ではイナズマンと仮面ライダーウルトラマンとミラーマンの関係とイコールです。


数学的に表記すると



ウルトラマン:ミラーマン = 仮面ライダー:イナズマン



となり・・・


ミラーマン×仮面ライダー = イナズマン×ウルトラマン




これを移項して


イナズマン = (ミラーマン×仮面ライダー)÷ ウルトラマン




つまりイナズマン


ミラーマンと仮面ライダーをかけて

ウルトラマンで割ったような作品 


と言えます(`Θ´)←わけわからん











ミラーマン ×仮面ライダー ÷ウルトラマン


































イナズマン


自分で作った数式に自信が持てる見てくれです。


目が怖い・・(`Θ´;)




多くのヒーローと同様に、イナズマンも人間が変身することによってパワーアップを果たすのですが、






イナズマン

 ↑

 このおじさん 渡 五郎


五郎という名前が時代を感じさせます。


1974年に放送されていますので渡五郎は明らかに団塊の世代です(`Θ´)





正直申し上げて、イナズマンの内容は仮面ライダー毛の生えた程度のものです。




しかし、そのがすごいんですね(笑


本日はそれがどんなにすごい毛なのかをお目に掛けたいと思います。






団塊の星「渡五郎」は超能力によって先ほどのイナズマンに変身することができますが、そのプロセスは他の追随を許さない極めて独創的な仕掛けがほどこされていました。



実はこの渡五郎、イナズマンに直接変身することは出来ません。



どういうことかと言うと、イナズマンに変身する手前の段階・・・つまり変身の完成途上が存在するのです。




































サナギマン

 ↑

 キモいって・・・


これを見た人が10人いたら、10人が悪役だと思うことでしょう。


しかしこれは悪役ではなく、主人公の変身途中段階なのです。




その名もサナギマン!




ネーミングセンスに度肝を抜かれます。子どもが泣きます。





そう、つまりイナズマンが非常にユニークだったのは



渡五郎 > サナギマン(笑 > イナズマン



このように二段階変身を行う点でした。


ひ弱な人間の姿からダイレクトに完全体になることは出来ないのです。


サナギマンの位置づけはイナズマンになるためのパワー充填期間であり、これといって特殊な能力があるわけではありません。


というか、むしろ非常に弱い(笑





イナズマンになるためとはいえ、怪人達にボコボコにやられるヒーローの姿は涙を誘います。はっきり言うて、変身する前のほうがなんぼかマシ(笑


しかも見た目がこのように醜悪であるために、見る者を極めて複雑な心境に追い込むのです。








イナズマン


これが


サナギマン


こうなって


イナズマン


で、こうなる。




渡五郎は問題が発生するたびに毎度毎度、自分にとって最も弱く醜い部分をさらけ出す必要があり、それを経てのみ強大な力を得ることが出来ます。ご苦労なことです。






私たちはなにかにチャレンジする際に、イナズマンのように


格好悪い自分


ダサイ自分


弱い自分


をさらけ出す必要に迫られることも少なくありません。



それどころか始める前より状況が悪くなったんじゃないかと思えることも多々あります。


こんなことなら初めからやらなきゃよかった!!!




だけどどんなにカッコ悪くったって、どんなにキモくたって、


最後に花開けばいいじゃないか! 


イナズマンが語りかけるメッセージは私たちにとっても非常に重要なことです (`Θ´)



何かにチャレンジしようとした場合、かっこわるい自分を認めることが出来なければ、大きな力を得ることもかなわない・・・いや、ほんと勉強になります。





宮崎アニメの登場人物達は、成長する姿を示して私たちに勇気を与えてくれます。


そしてイナズマンも同様に、かっこわるい自分をさらけ出しながら成長するのです。






しかし宮崎アニメですら2時間でも詰め込みすぎと感じられる昨今・・・



三十分番組であるにもかかわらず、いちいちボコボコにやられるサナギマン真のチャレンジャーだと思います (`Θ´)マジスゴイ