作曲の勉強と青春
こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
先日「真剣十代しゃべり場」で、学校に行かないことを自分で決断してDJになるためにがんばっている子が登場していて、彼は皆に対して「自分で決断することの大切さ」を語っていました。
そうそう!!いいと思うんですよ!!
学校ってのは中学まで行けば、あとは自分が好きなように人生をデザイン(出来るなら)すればいいと思います。
勉強は大切ですがどっちみち私たちは永久に勉強し続ける必要に迫られるものですし、学校に行くことと勉強することは必ずしもイコールではありません。
私も親に迷惑をかけながら好きなようにさせてもらって今があります。
しかしこのDJを目指している男の子の意見は、他の出演者にはなかなか受け入れてもらえないようでした。
でよく話を聞いてみると、DJの練習を
1日1時間
しかやってないって言うんですね (`Θ´)ホーホーホー
話をする彼の目を見ていて思いますが、正味1時間もやってないな・・あれは。
嘘つきオーラがかいま見えます。
他の出演者達が彼の意見に違和感を感じていたのは、そうした「足もとヤバすぎな状況」を敏感に感じとっていたからなのでしょう。
学校にも行かないし「DJやってる」って口では言いながら全然没頭できてない。
夢という言葉が危険を伴うとっても良い例です。
彼は夢という言葉でやるべきことから逃げる言い訳をしているだけ。
はっきり言うけど、DJなんかやめたほうがいいです(笑
学校行けや! (゜Θ゜)
ところで、私はこれまできちんと作曲を勉強したことがありません。
そんな体たらくで一時期でも作曲でご飯が食べられていたのが非常にミラクルだなと思ったりします。
そんなわけで私は本当のところは、さきほどのDJの子にあーだこーだ言えるような立場じゃないんですね(笑
全然人のこと言えません。
で、私としてはこれからも趣味で作曲を続けていきたいと思っているので・・
- 野口 義修
- 作曲本―メロディーが歌になる
こんなものを買って、うんこするときに読んでいます。
私はこれまで音楽理論の勉強をしたことはあるのですが、作曲の方法論については完全無欠の自己流でした。
この本で解説されているのは主に「ヒット曲分析」と言えると思いますが、全部そのまま使ってしまうと単なるありきたりな曲になってしまうでしょう。
ただ、音や言葉のとらえ方という面ではとても勉強になっています。
この本で取り上げられている楽曲は沢山ありますが、中でもあみんの「待つわ」を分析しているあたりが非常に興味深いです。
この曲を知らない人は少ないと思いますが・・
かわいいふりしてあの子 わりとやるもんだねぇとー♪
ってやつですね。
この曲は歌詞の起承転結や言葉の選び方にソツがないということと、分散和音を多用したメロディーが本当に美しいと思います。
これはポップスの教科書だと思う!!(`Θ´)
そして私がこの曲で特に注目したいのが「イントロ」です。
この曲のイントロは
オルゴールのソロ→バイオリンのソロ→アコギ→エレキ
のような展開で組み立てられていますが、全体が広がっていくような・・・まるで空が晴れていくような演出が・・・
たまらん!(`Θ´)ハァハァハァ
こちら で試聴できます。
アコギ→エレキギター
の部分からお聞き頂けます。
この本を読んでいてとても勉強になるのが、歌詞とメロディーの関係です。
私は歌詞を作るのがとても苦手だと思っていますが、いろんな部分で今後のヒントを与えてくれます。
話は変わりますが、私は16歳くらいの時からライブハウスなどで演奏活動をやっていました。
メンバーもどんどこ変わるし、オリジナル曲を演奏したことがなくて、全部コピーバンドだったのでたいしたものではありません。
空手部の先輩のバンドでキーボードとして参加させてもらったのが人生で最初のライブだと思います。
ブルーハーツのコピーバンド(笑
で、その次にBowieのコピーやって、MrBIGとかTOTOとかスティーヴヴァイとかのコピーバンドをやりながらゴダイゴを演奏したりして(笑
平浩二のバスストップをスティーブヴァイの合間に入れたりとか・・・←おいおい
もうしっちゃかめっちゃかなわけですが・・
メンバーはみんな進路が違ったし、バンドでどうにかなろうという意識は最初からありませんでした。
なのでバンド名なんかもすげぇ適当・・・(笑
極端な場合は一回こっきりのライブでしか使わないこともあって、まさに時限立法的に名前を付けていたのです。
私が最後にライブをやったのは20歳のときだったと思います。
このときはなんと私の妹が市民会館を貸し切るという暴挙を成し遂げ、兄貴としてはその尻馬にのっからない手はないということで急遽結成したバンドでした。
主催者親族の特権を最大限に活用し、他のバンドの倍の時間(!)を確保した私たちはスティーブヴァイを中心としたコピー演奏を行ったのです。
このときに臨時に結成されたバンド名は・・・
父バンド
今考えてみるとこのバンド名を考案した私もどうかしていますが、別段気にすることなく
「あー、じゃあそれでいいよ。」
って言うたメンバーもすごいなと思います。
一人として父がいないにも関わらず父バンドと名付けた理由は、バンドを結成した日がたまたま
日本にブラジャーがやってきた記念日
だったんです。
で、大正だったか昭和初期だったか忘れましたが、その当時はブラジャーのことを「乳バンド」と呼んでいたのだそうで、ただならぬ因縁を感じた私はこのバンド名を選択しました。
そのものズバリ「乳バンド」にしなかったあたり、私の中に微かに残った弱さが見え隠れしています。
私は当時の演奏を録音したカセットテープを今でも持っていますが、当然のことながらテープのラベルには「父バンド」と汚い字で書かれており、変なものがゴロゴロしている我が家においてもヒトキワ輝きを放つ存在です。(`Θ´)
