自然に帰れ | 複雑系レトリック~自営業白書~

自然に帰れ

ケンシロウ

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?




私たちが生活していて、当たり前のように存在する物


「もしも、なくなったら」


と想像するのは、後ろ向きだけれども楽しいものです。



私はこういう無意味なイメージを展開してゆくのがわりと好き(`Θ´)





例えば電気がなかったらどうなるだろう・・・



大規模な停電とか・・そういう話ではありません。停電しても乾電池で動く機械は健在だし、車のラジオやライトは使うことが出来ます。


そうではなくて、とにかく電気で動くあらゆるシステムが作動しなくなった状況を想像してみました。




つまり、車のラジオもライトも乾電池で動く機械も止まったらどうなるんだろう!!!!!





数年前ニューヨークの大停電でかなりの混乱が起こったことを考えれば、機械の死によって私たちの生活が立ちゆかなくなることは容易に想像出来ます。


パソコンなんてものは論じる必要もありませんし、テレビだって蛍光灯だってエアコンだって動かなくなります。



私が想定している状況下ではバッテリーで作動している携帯電話ノートパソコン懐中電灯なども動きません。




ああ・・・こわいなぁこわいなぁ・・恐いけど楽しい(`Θ´)




電池で動くものコンセントに差し込んであるものはことごとく死ぬわけですが、とりあえず夜真っ暗になるのがまず最初に困るんじゃないでしょうか。


私のような喫煙者は暗闇への対応がわりと可能です。

ライターの多くは電気を使っていませんのでガスがなくなるまではそのまま使うことが出来るでしょう。



で、恐らく次に冷蔵庫の中身に苦慮することになりそうです。うーん・・はっきり言うて想像しただけでも恐い(笑

どうすればいいのか分かりません。




機械がなくなることによって不便になることはいくらでも思いつきます。


でも


「とりあえずは出てくるだろうから大丈夫」


と思ったあなた。




甘いです!!(`Θ´)ダメ





水は最初だけ出てくるかもしれませんが、それもすぐに止まるはずです。



なぜなら浄水場のポンプが止まりますから・・・・




これと同じ理由で恐らくガスもすぐに止まるだろうと思います。



水にしてもガスにしても、輸送しているパイプの圧力が高いうちだけ・・一瞬だけ使えるかもしれませんが、すぐに供給されなくなることでしょう。



車のエンジンはプラグに電気を流すことによってガソリンを燃焼していますのでやはり動かなくなります。車が動かなくなって都市部で食料を手に入れられる人はきっと皆無だと思います。






とにかく、私たちが所有しているあらゆるものが奪われる状況が想像出来るのです。





こうした想像は暇つぶしになると同時に


「ああ、電気って有り難い!」


と思う機会を与えてくれます。





とはいえイメージすることによってなにか建設的な発想が出来るかというと、それはそれでなかなか難しいだろうと思うんです。


早い話こうした思索は純粋な趣味の世界・・・やってもやらなくても、たいして人生に影響を与えないどうでもいいものだと思います。




ところが・・・



この世界観を本気で描いた映画がある!



んですよ。




エスケープ・フロム・L.A.





私はこの映画を深夜のテレビで見た記憶があるのですが、個人的にはB級映画ど真ん中(笑)に位置づけている佳作です。


上のリンク先ではストーリーが紹介されていますが、簡単に要点を申し上げると




主人公は秘密兵器の奪還を命じられていますが、その秘密兵器は人工衛星のリモコンでした。

人工衛星には強力な電磁波を発生させる装置が搭載されていて、その照射を受けたマシーンは完全に停止してしまうというもの。


リモコンによって電磁波照射の範囲を最大で「地球全体」にまで拡大することが出来ます。

つまり地球上の全ての機械を停止させるポテンシャルを持っているわけですので、これを手にした人は実質的に最強です。



で、奪還を命じられていたはずの主人公はいろいろあって、最終的にこのリモコンのスイッチを押す決断をします。


しかもターゲットは


地球全体(笑


地球にある全ての機械が停止し、世界が暗闇に逆戻りするラストシーン・・・・どうなん・・これ(笑




正直言うて本当に押すとは思っていませんでしたのでびっくりこきました。




上のリンクでは映画の制作に5千万ドルが投じられたって書いてあるけど・・・・50おくえん??(`Θ´)


いや、毎度思いますがアメリカ人ってすげぇや。








ところでフランスの思想家 ジャン・ジャック・ルソー 


自然に帰れ


というスローガンでよく知られています。

(本人が言ったかどうかは知りません)



「万物を創るものの手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる」



ここで言う「人間の手」というのは、社会のことを指していると考えていますが、ルソーの思想を多少強引にぶった切ると、結局のところ「性善説」なんだなと思うんです。



「もともとは善であるはず」


私はこの思想に対してかなり異議がありますが、これについてはまた別の機会に私見をご披露したいと思います。





いずれにしてもルソーは後ろ向きに「自然に帰れ」と言いたかったわけではありません。


最終的に人間が幸福であるために確固とした揺らぐことない「芯の部分」を作り上げることに価値を見いだしていると私は思います。




ところが「自然に帰れ」というスローガンの字面だけを受けとめて、貴族達の間ではスッポンポンでご飯を食べながらうんこしたり、乱交したりするのが流行した時代があったんだとか・・・




つまり、


悪用


されてしまったわけですね。ルソーかわいそう。(`Θ´)




「自然に帰れ」っていう言葉・・この「帰れ」の部分が非常にネガティブですよね。

「自然に向かえ」とかならなんとなく建設的なんだけど、帰れという言葉がイマイチだなと思います。




一般的に時間は逆行できませんので、本当はどんなことがらも元に戻すことはできません。


会社に行って家に帰ってきたからといって8時間前に戻ったとは言えないわけです。




本気で元に戻そうと考えて過激な運動を展開する団体も存在していますが、もし彼らが「やった!戻った!」と思うような出来事があったとしてもこれは明らかに間違いです。


見た目がそうであってもやはり何かを元に戻すことは出来ないんです。つまり気のせいね(`Θ´)





「自然に帰れ」などの短い言葉は広まりやすく、非常に便利です。


けれども、時として短い言葉が悪用されやすいのもまた事実。




電気で動くものが全て停止してしまったとしても、私たちは原始時代に戻ることは出来ません。

それは新たな暗黒時代の「始まり」なんです。



このように考えてみると、なにかを元に戻そうとする試みが無意味であることが分かります。


今、現時点で存在するものを一旦受け容れてから、あくまでも未来のことを考える姿勢が大事なのだと考えています。




てなわけで、元に戻す試みは私のように頭の中だけで行うか、笑える映画を作るかくらいに留めておくべきだと思うとです(`Θ´)