コビトの世界と未来の日本
こんにちは。田上よしえの「オダギリジョーのプロマイドと間違えて小田原城のプラモデルを買ってしまった」というネタがツボだった複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
三日がかりの作業が完了!!!!→
エンジョイしております。
さて、今日は衆議院選挙の投票日です。
投票そのものに尋常じゃない労力と時間を必要とされ、現実的には投票が困難な方のことを考えると、私のようにちょっとそこまで行けばどうにでもなる人はなおさら投票するべきだと思います。
私は昼過ぎごろに、彼女と二人で投票に行く予定です。
ところで今回の選挙は私がよく知っている人が立候補しているんですよ。
選挙区が違うので投票はできませんが、もし当選したらどうしよう・・・ガクガクブルブル
国会議員が知り合いに出来るかもしれないと思うと一人で勝手にどきどきします(笑
私が行く投票所は保育園を借りて開かれていますが、ここに行くと毎度変なところで感動してしまいます。
とりあえず
あらゆるものが小さい
トイレとか・・・机とか・・・まぁあたりまえなんですけど、まるで「コビトの家」みたい(笑
思わずホビットを探したくなります。ちょっと25年くらい前まで自分がこういうサイズだったということが信じられません。
国造りには世代を超えた一定の責任関係が存在していると思います。
例えばこういうことを言う人がいますよね。
「今の日本が借金漬けなのは団塊世代が高度成長時代やバブルで好き放題やったからだ!!若いやつの文句を言う前に自分達が行ってきたことを反省するべきだ!!」
この主張には一定の事実が含まれているのでしょうが、私はかならずしもこれが正しいとは思いません。
しかしこういうことを言われてもやむを得ない部分があると思うんです。
まぁとりあえず人のことは置いておきます。
そんでですね、例えば30年後の日本の借金が今よりさらに増えていたとしますよね。
そうすると、今度は私たちが同じようなことを言われる番なわけです。
「なんでも親世代のせいにして自分たちがなにもしなかったから、だから今(未来)はこんなに悪いんだ!!」
って言われて、反論する自信が私にはありません。
「俺だけが悪いわけじゃない・・だけど、そうだな。確かにそうだ。」
って言うしかないやん!!!みたいな(笑
私たちは民主主義国家に住んでいますので、きちんと議論をして導き出された結果に全員が責任を持つ必要があるのだと思います。
有権者は1億人以上いるそうですが、残り3千万人の人達・・そしてまだ見ぬベイベーが大人になったときに
「これが、俺たちが作った国だ」
ってもし言えたら、すごくステキなことだなと思うんです。
逆に、もしその時に状況が悪化していたとしても言い逃れは出来ません。
「俺だけは悪くない!」って言えるような、そういうシステムじゃありません。
私がもしこうした言い逃れをしようとした時に、目の前に子どもがいたらこう問われることでしょう。
「じゃあ、どうしてコンプレさんは立候補しなかったの?」
ぐうの音も出ぬわ!(`Θ´)
投票は有権者の義務だという方もいらっしゃいますが、私はやっぱり権利だと思っています。
義務なんじゃなくって、当たり前のように権利には責任がくっついているだけだと思う。
権利を手放して責任だけ取らされるのは私はイヤです。
そんなわけで私は今回も、未来の有権者達の学舎に足を運び、コビトの世界を楽しみながら投票をする予定です。(`Θ´)
