リスクとリターンと用心深さ
こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
写真は晩ご飯のエビチリ。
昨日は料理をしていて、かなり久々に指を切りました。
私はあんまり包丁が得意じゃありませんが、それでも生来の用心深さから怪我をすることはそんなにありません。
ところが昨日は人差し指のツメが3ミリ四方くらい完全に剥がれてしまうほど豪快にヤってしまいました・・
もしツメがなかったら完全に救急車呼ぶ程度の怪我になっていたと思います。
ああ・・・気をつけないとなぁ。
ありがとう・・・ツメ (`Θ´)
怪我をしたくせにこれから「用心深さ」について書こうとしている私。
この矛盾っぷりが複雑系です。
私は時としてダイナミックな行動を取る場合もある人間ですが、特に物理的な危険が伴う行動はなるべくなるべく避ける性質を持っています。
長距離運転や海水浴など、生命の危険に直結するレジャーはかなり気が進まなかったり、行ったとしても相当臆病だったり。
横断歩道を渡るときは小学生レベルの左右確認を行ったり、とにかく物理的に痛いのやら苦しいのが恐いんです。
おかげさまで私はこれまで事故にあったことがなく、入院をしたこともありません。
これは用心深いということと関係あるかどうか分かりませんが、大きな病気も経験がない。
病院に行ったのがどのくらい前なのかはっきりと記憶にないのですが、少なくともブログをはじめた去年の12月から一度も病気していないんですよね。風邪さえひいていない・・・(`Θ´)←バカ?
ただ一方で人がとっても楽しんでいる様子を見るとうらやましさを感じることも事実です。
リスクを取って、それに相応しいリターンを得ている・・・勝手にそんな風に分析する引きこもり(笑
私のような生き方は、平らかで穏やかで流れるような人生だと思います。
しかしその分大きな波が来ることはありません。
だから、サーフボードに乗っていてもおもしろくもなんともない。
波に乗りたい!!そう思ったら危険な海に出て行くしかありません。
つまり人生を面白くしようとするとリスクを取る必要があると思うんです。
これは善し悪しの話ではなくて、どちらを選択するかという話であろうと思います。
どっちも長所と短所があるでしょう。
私の友人は小学生のときにバイクにはねられて怪我をしました。
事故現場には横断歩道がなく、つまりそいつはいきなりなにもない車道を渡ろうとしたわけですが、事故の数週間後にはその場所に横断歩道と信号機が設置されたのだそうです。
今でもその道を通るたびに
「おいおい、おまえら見ろ!この信号俺が作ったんばい!」
と自慢げに言います。
「おまえそれ何回も聞いたちゃ知っとるちゃ」
この友人はこの事故だけではなく、これまで何度も何度も交通事故にあっています。
彼曰く、トラックに足をふまれたら人間は吹き飛ぶらしい(笑
「足踏まれたら足が痛いだけやと思うやろ!!違うんぞ、ふっとぶんやけん!」
目を輝かせて語る彼の姿に先駆者のオーラをかいま見ることが出来ます。
彼が何度も事故にあっている原因は明確だと思います。
それはやっぱりリスクを伴う行動を取っているから。
もちろん私のように用心深く行動しているからといって事故に遭わないという保証はどこにもありません。
先ほど私は「選択の問題である」と申し上げましたが、この選択というのは能動的に自分から選んだという意味合いだけではなくて、生まれつき備わった「性分」や「環境」に左右される場合もあると思います。
この友人の例は非常に極端ですが、それでもやっぱりサーフィンをしたいのならば寄せては返す危険な波が存在しなくてはなりませんし、それがイヤなら用水路でタニシを拾って満足している必要があると思います。
サーフィンをしている人だけが見ることを許される光景・・・安全な場所でタニシを拾いながらそうしたまだ見ぬ世界に思いを寄せ、憧れを抱きます。
