産みの苦しみとパッションと打算 | 複雑系レトリック~自営業白書~

産みの苦しみとパッションと打算

インターフェース

にょきにょき アボカド みんなで食べよ


にょきにょき 咲かせよ お花をたくさんっ♪




こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?


これは彼女が作ったアボカドの歌です。


残念ながらこの曲を正確にお伝えすることは相当困難です。



私たちが聞く音楽のほとんどは、バッハが確立した十二平均律というルールの上で成り立っています。

早い話がドレミファソラシドですね。1オクターブを12の半音階で組み立てたスケールの中で表現されるのです。


しかし時折彼女が口ずさむ適当な歌は、この12半音階のどれにも位置しない非常に微妙な音程が使用されているため楽譜に書くことができません。




彼女が作ったアボカドの歌は、極めて微妙な音程をゆらゆらと行ったり来たりする・・・そんな歌です。




曲調はかなり暗くてアンニュイな感じ・・・なにもしたくなくなるような曲です。


冒頭「にょきにょき」の部分は、アボカドが伸びているところが表現されているにもかかわらず、音程はどんどん下がっていきます。いきなりのっけからブルーな感じ。





彼女に言わせれば、暗い雰囲気でありながらあくまでも前向きなところがポイントらしい。



暗いくせして、ポジティブ!




美空ひばりか誰かが「明るい曲は暗く歌う・・・暗い曲は明るく歌うほうがいい」ということを言っていたそうです。


暗い曲を暗く歌ってしまうとおもしろくもなんともない・・・というわけですね。




稀代の天才と同じようなことを言う彼女・・・・




そしてなにより、虚飾がないというか、あんまり余計なことを考えずに作っているところがすばらしいです。


悪く言うと適当(笑






私は以前音楽の仕事をしていましたので、作曲するときに「素直な自分を出す」ということの重要性を痛いほど知っています。



一つのフレーズを作ったとしても、それを吟味する上でいろいろと思ってしまうものです。


例えば、あの曲に似てるとか言われるんじゃないかとか、もうちょっとかっこよくしたいなーとか・・・



早い話、色気が出て余計なことばかり考えてしまうわけです





このような状態になると、私の場合はなかなかいい音楽が出来ません。


締め切りが迫っている時は本当に苦しい思いをします。




私の仕事はクライアントの依頼で「こんな曲を作ってほしい」とか「この映像にあう曲を作って欲しい」とか「サウンドロゴを作って欲しい」とかいう種類の商業音楽でした。



「はいできました」とたった一つの曲を提出することはあり得ません。


たいていの場合はいくつかのモチーフを用意し、それをクライアントに選んで貰うというスタイルが取られます。




この時に、作曲する側はわざとどうしようもない曲を一つ用意することがあります。


これは選ばれねぇだろ!!!!みたいなショボいやつを作るんです。


そうすることによって自分が本命と定めている曲が引き立つんですね。ひどい話ですが(笑




この引き立て役のことをボツ案とかって言ったりします。




私の仕事は2つくらいマジで曲を作って、あとは10分くらいで作ったボツ案を提出する・・というのがわりとお決まりでした。




しかし、制作者の意図に反して、引き立て役として用意したはずのボツ案が採用される・・・といったことがあるのです。



しかもそんなに珍しいことではなくて、しばしばボツ案が採用されます。


世の中、おもしろいもんです。





ボツ案の特徴として、短い時間で作っているので余計なことを考える暇がないということがあり、そのため作曲家の素直な面が表現されることになります。



あまりあれこれと考え込まずに、パッション(情熱)から生み出すことは重要です。





具体例を挙げると、森山 直太朗の「さくら」っていう曲がありますよね。


私はこの曲を聴いたときにすぐ「さくら さくら」を思い浮かべました。昔からある、さくらさくら野山も里もみわたす限り・・っていうあれですね。


特にサビの先頭1小節は、リズムは全く同じだしメロディーも類似しています。



森山 直太朗さんが「あーこれ似てんなー、ほとんどパクリだなー」ってもし思ったとしたら、あのヒット曲は生まれなかった。



私は「さくら」を聞いて、ああ、この人はパッションで音楽を作っているなーと感じました。




レナード・バーンスタイン「勉強すればするほど作曲は困難になる」というようなことを言ったのだそうです。



痛いほど分かります。多くの音楽を知れば知るほど、自分が生み出すスキマはどんどん減っていきます。



しかし結局のところ、何かを生み出す行為はパッションが伴うものなのだと思うんです。それを大事にしないと、計算で音楽を作るなんてことになりかねない。


打算で生み出された音楽が人の心を動かすのは困難だと思います。




彼女が作る曲は、なんともピュアな部分から生み出されています。


子どもがときどき「うんこ♪ うんこ♪」とかって勝手に歌作ったりしますよね。あんな感じ。

いったい世の中にはいくつの「名曲:うんこ」が存在するのでしょうか。


ちなみに彼女はこの他にも「ポカロンのCMソング」とか「近所のスーパーのサウンドロゴ」とかを勝手に作っていますが(笑)いずれもドレミファソラシドにさえ捕らわれていない、なかなかいい曲です。


(ちなみにポカロンってのはホカロンのパチもんみたいなやつね)


私の彼女が本格的に音楽を勉強したら、今のように適当に口ずさむことが出来なくなるということもあり得るかもしれません。

しかし悪く言えば適当・・良く言うと素直な自分を音で表現している彼女を見ていて、私も見習いたいなと思う昼下がりでした。