テリトリー | 複雑系レトリック~自営業白書~

テリトリー

私は縄張り意識が非常に強いタイプの人間です。

まず、私は家にいるのが大好きです。もう出来れば少しだって外に出たくありません。スーパーインドア派なのです。
私はインドアの次にの中が大好きです。車にもドアがついていますので広義ではインドアですが。

この年で初心者マークをつけていますが車を運転しはじめたころは「なんてすばらしい乗り物なんだ」と思ったものです。
大きな音で音楽をかけていても誰にも迷惑がかかりませんし、大声で歌っても大丈夫なすばらしい空間です。

最近、トロピコというゲームのサントラがお気に入りでずっと車でかけています。スペイン語の歌詞は全然理解できませんが、適当に口真似で歌っています(イラスト参照)。

こういったスペースは私にとっては「自分の縄張り」です。外界との境界線は「玄関のドア」や「車のボディー」など非常に明確です。


逆に私が苦手なのは満員電車人が沢山いる場所です。
(特殊な趣向の方を除いて、満員電車が好きでしょうがないという人は少ないと思いますが)
近くに知らない人がいるとこっちが身構えてしまうんですね。相手のことを全く知りませんので、不信感を持っているのです。

実は、人間誰しもこういった縄張り意識を持っているものだと思います。

「人間だもの」と言う以前に「動物だもの」と私は言いたい。

満員電車はストレスの掃きだめだなんていう言葉がありますが、これはまさに縄張りを侵害しあっていることから生まれるものだと考えます。

もし相手が知っている人であればこのストレスはほとんど感じないと思います。それはあなたの縄張りに入っても差し支えない人物ということになります。
もっと極端な言い方をすると、満員電車でとなりに立ったオヤジのことをあなたがよく知りさえすればストレスは格段に減ると思うのです。(もちろん、知った結果さらに嫌いになる場合もありますが)

ここのところ、ブログって何だ?ということについて考える機会が増えてきました。
これまでのインターネットの掲示板とは異なり、ブログは「相手がどんな人か」というのを、ある程度知る手段があります。
私のところにコメントしてくださる皆さんは、ほぼ必ずご自分のブログURLをリンクされます。もちろん私も他所ではそうしています。

これまでにあった掲示板では、発言者がどのような背景を持った人物か知る手段は全くありません。そのため書き込みの短いセンテンスが相手を判断する唯一の手がかりだったわけです。これは場合によっては危険なことです。

しかし、ブログはそうではありませんね。相手のブログを読んで、プロフィールを見ることでその人の背景を沢山知ることが出来ます。さらに記事を読むことによってその人がどんな人か、かなり沢山の情報が得られるのです。

私がブログを始めた当初、コメント返しやコメントレスは「おつきあい」でやっているものと思っていました。しかし初めて一ヶ月ほどで考えが変わり、今ではコメント返しはある種の自己紹介だと思うようになりました。
ブログには自分はどんな人かという情報が沢山詰まっているのです。そこに導くことによってお互いを理解する筋道が築かれるのでしょう。

「読者登録システム」はアメーバブログの売りですね。このシステムで相手の所在を明確に知ることが出来ますし、読者登録しあったユーザー同士はもう「友達だ」といっても過言ではありません。
さらにこのようなネットワークが放射線状に広がる様を「アメーバ」と称しているのだと思います。
アメーバが細胞分裂するようにどんどんネットワークが増えていくのです。

つまりこのシステムはコミュニティの形成を期待して作られていると言えます。まぁ、その割には不足している機能が沢山あると思いますが、それでもこの試みは今のところ成功していると言えるでしょう。

課題は山積ですが、こういった人間くさいシステムはこれからも是非続いていってほしいものです。


ということで唐突に昨日の晩ご飯(笑


ヒラメのムニエルです。いやー失敗失敗。見た目はそうでもありませんが、味はちょっとアレでした。生クリームを切らしていて、強引に牛乳で作ったのが敗因です。もうしません。ごめんなさい。