曖昧な配慮と三月場所
こないだの日曜日から大相撲三月場所が開催されています。こちらの記事 でも書いたのですが、20代を対象として「興味のあるスポーツ」のアンケートを取ったらしいんですけどね。
そこで相撲と答えた人はなんと1%です。いちぱーせんとっ!
嗚呼・・なんてこったい。嘆かわしい。
相撲は2ヶ月に一回15日間開催されています。申し訳ありませんが、少なくとも2ヶ月に一度は相撲のこと語らせて頂きます。
ええ、分かっています。
このアンケート結果から分かる通り相撲はマニアックなんです。国技なのに・・・_| ̄|○
マイナーな国技!
これってもしかすると世界初じゃないですか?
ところで皆さん、日本 好き?(笑
私は好き 日本。
別にアイコクシン!とか言うつもりありませんよ。ただボヨヨーンとなんとなく普通に日本が好きです。この国に生まれ育ってよかったなぁって思っています。
まず、やっぱり言葉が美しくて多様です。
二人称を示す言葉、英語だとYouですよね。
あなた 君 おまえ てめぇ きさま おたく
すぐ思い当たるだけでもこんだけあるんですよー。古語も入れたらもっと増えます。すんげぇ多様!しかも全部意味違うし。
「おいコラなめてんじゃねぇぞ!あなた!」
やはりこれはおかしい。こういうときは「てめぇ」を使いましょうね。
私たちの文化はともすると「曖昧でどっち付かずだ」と思われることがあります。特に世界の目に晒されるとそのように写る。Noと言えない日本人!
はっきりいってこれ、否定できませんよね。確かにそういう部分がありますよ。
しかしこれはある意味で成長した大人の文化だととらえることもできます。
曖昧な部分は相手への配慮を現すことがあるのです。
「僕とつきあってください」
「じゃあ友達からはじめましょ」
つまりやんわり断るという意図ですよね。曖昧です。
しかしある意味で相手を傷つけないように配慮していると捉えることもできますね。
この例が相手を傷つけているかどうかは賛否両論あるかと思いますが(笑
(ちなみにこの例では「自分が嫌われたくない」という意図も見えます)
日本人は、自分の意見を表すことができないと言われますが、そうじゃないと思うんですよ。
自分の意見を表すときに、相手の立場を半分くらい配慮に入れることが出来るんです。
そういう意味ではやはり私たちの国は成熟した思慮深い大人の文化を持っていると思うのです。
グローバリゼーションっていったいどこを基準にしているんでしょうか。そして基準があるとしたら、どうしてそこを基準にするのでしょうか。
もともと多様な星に生まれた私たちが価値観を画一化することになにか意味があるのでしょうか。
全てを受け止めて許容することが出来るのも日本という国の優れた点だと思います。
私は中庸という言葉が好きです。
中庸【ちゅうよう】
考え方・行動などが一つの立場に偏らず中正であること。過不足がなく、極端に走らないこと。
日本は曖昧な国ですが、極端に偏ることなく違ったものを受け入れる姿勢を持っていることは誇るべきことだと思います。