教育するということ
以前にもゆとり教育のことを少し書きましたが、私は教育に対して関心を持っています。教師をやっている友人の影響もありますが、あまり詳しく申し上げられませんが私自身も非常勤講師をやっていたことがあるためです。
私は結婚していませんし、子供もいません。現実というものを知らない奴が御託を並べているだけだと思ってお聞きいただければ幸甚です。
子供に何かを教えるというのは、何も知らない人を知っている人にしようとする行為です。
ここでは敢えて「知る」という言葉を使いました。大人でさえ、何も知らないジャンルについて適切な判断をすることは出来ません。子供も同様に知っているかどうかは大きな問題です。
つまり正しい判断をするということは、知るということに立脚しているものと考えます。
例えば世の中のルールです。これは教えておかないとその子自身が損をしたり、人に迷惑をかけたりします。
しかし世の中のルールというものは得てして明確な根拠がなかったり、慣習や伝統で決められている場合もあると思います。。単純に説明すれば分かってもらえるというものでない場合があるのです。
これは多分、私が10歳くらいの頃にあった話しです。
私は妹のヌイグルミで遊んでいたのですが、あまりに乱暴に扱ったためヌイグルミの腕が取れてしまいました。
男の子ですし、エキサイトすればこのくらいのことは起こるでしょう。私はその時「あーしまった」と思いましたが、修理すれば済むことだと考えていました。
その後、ヌイグルミが母に見つかり、私はひどく叱られました。普通に考えたら「物を大事にしなさい」といわれるはず、当時の私もそう思って高をくくっていました。
しかし母から出た言葉は本当に意外なものでした。
母 「かわいそうやろう。謝らんか。」
「謝らんか」というのは「謝りなさい」という意味ですが、別に母に謝れといっているわけでもなく、ヌイグルミの持ち主である妹に謝れといっているわけでもありません。
母は、ヌイグルミに謝れ、と言っているのです。
この時私はかなり違和感を感じていました。
なんで物に謝るん?なんで物なのにかわいそうなん?
しかし母は譲りませんでした。だんだん母の気持ちが伝わってきて、結局私はヌイグルミに頭を下げました(イラスト参照)。
そして謝った私は少しづつ悲しみを感じはじめました。今考えてもどうして悲しかったのかよく理解できません。とても複雑な感情でした。
母を悲しませたことに対する悲しみが大きかったように思いますが、やはりこのヌイグルミに対して「申し訳ない」という思いが強く芽生えてきたのです。「本当にごめん、痛かったよな」ってな感じです。
それで私は泣きましたね。なんで自分が泣いているかよく分かりませんでした。
最近このことを思い出して、よく考察をしてみました。
まず、私の母は「物を大事にしてほしい」と言ったわけではありません。もし論理的に整然と説明されたとしても、子供だった私が納得できたかどうか怪しいものです。
なぜなら物は壊れたら修理すればいいです。修理できない場合は捨てて新しいものを買えば事は済みます。
また、母が伝えたかったことは物を大事にして欲しいということ以外に、相手の痛みを分かって欲しいということだったと思います。
相手はヌイグルミですので息もしていなければ動きもしません。バカバカしいと思われるかもしれませんが、今の私は「人形だって痛いはずだ」と思います。
相手に痛い思いをさせてはならないというルールはまさに口で説明して分かるものではないと考えています。
恐らく私はこの事件がなかったら少し違った人間かもしれません。自分では大事な事件だと思っていますが、そのきっかけは取るに足らない偶然の出来事です。
つまりこういったことを親に教わることが出来た私は多分、運が良かったのだと思うのです。
こういったつかみ所のない問題を子供に伝える場合、最も重要なことは「それは君(子供)にとって良くないことだ」ということではなく「私(親)は君(子供)にそういうことをしてほしくない」という、あくまでこちら側の感情を伝えることではないでしょうか。
母はしつこく私に謝罪を迫り、私に気持ちを伝えてくれました。
例えば「なんで人を殺しちゃいけないの?」「なんで自殺しちゃいけないの?」「なんで盗みはいけないの?」という、ある種答えの存在しない大変な問題があります。こういった質問を子供から受けて困った経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
こういったときに是非とも「私は君にそれをしてほしくない。もし君がそれを選択したら私は悲しい」というメッセージを伝えて頂きたいものだと思います。
このことをわざわざ口に出す必要はありません。伝わればいいのです。
伝わるのであれば「なでもかんでも、ダメなもんはダメなの」でもいいかもしれません。
最初にも申し上げたとおり、これはシリの青い若輩の意見です。ただ、私自身のバックボーンがこの事件に大きく影響を受けていることは事実です。
私は、自慢ですが、小さいときのことを非常によく覚えています。その時どんなことを感じていたのかも忘れていません。
ちなみに私が秋吉台という巨大な鍾乳洞の土産屋で、鍾乳石を買って帰った時も私の母は「鍾乳石がかわいそうだ」と言っていました。
何億年もかけて作られた結晶を簡単にほじくって持って帰る・・そう考えると確かにちょっと鍾乳石がかわいそうです。でも私の母は少し変わっているかもしれません。
参考になるかどうか分かりませんが、思い出しながら書いてみた次第です。最後まで読んでくださってありがとうございます。