①自由貿易vs 保護貿易? BY マスは掻くが汗をかかない瘋癲老人。

まず、スモールマーケットから。日本のだいぶん前の商習慣はどうであったか。今でいう談合は当たり前の事であった。現在談合は悪となっているが、自由な価格競争ー>価格が低く抑えられるー>公共事業であればコストが低く抑えられるー>税金の無駄遣いが減るー>その分納税者に更に良い施策を行うことが出来る、という論理で、そうなれば大部分の納税者に良い、という納税者向けの単純発想。先ず、請負業者目線に立つと、大きいところは入札に有利であるからどうしても独占的に受注しやすい。それが弊害ともなりうる。ゼネコンであればお同業大杉ということもあろうが、そこそこ順繰りに受注して、他には子うけ、孫請けであぶれることのないようにするというのは請負業者目線ではいいと思うが。そして地元産業がうるおうことは、まわりまわって税収として返ってくるしね。就職先として、職場先として業者が悲惨なことになるより長い目で見ればいいと思う。価格談合でもあまりに高値で決まらないように、それこそ現在の規則があるなら、みんなで談合した方が良いように思う。なんかね、観念的しゃくし定規的なのは、特に弱肉強食的発想は世の中を殺伐にしてきたけど。自由といっても弱肉強食的自由はどうもどうも。一方保護、あるいは既得権確保のために規制をかけたりもどうもどうもなのだ。規制全廃が善というものの背後には、強者を自認している悪魔の思想がある。簡単に言うと完全な自由競争も無競争もよくないということ。トランプさんが、自分のやっている貿易のやり方を、つまり自国有利に関税をいじったりするの、要するに自国を保護しているのだから保護貿易なのだが、そういわれるのを嫌がる心は、中国が自国産業に国家的支援をするのを保護貿易だ!と非難しているので具合が悪いんですな。中国は国家資本主義だから、当たり前でしょ、ということだ。考え方が根本的に違うわけですな。だから、世界経済がおかしくならず、繁栄する

 

②年金制度は100年は安心、よりリッチにはあと2000万ためないと、少なくともこの金融庁の試算モデルケースでは、の件。

リッチというのは、どちらかというと物質的と心の面、言い方を変えると文明的というのと文化的という面で感じるものであり、両者は無関係とはいえない。また人それぞれ。文化的なものについては必ずしもお金で解決できるものではなく、全くお金がいらないかというとそうでもなく、落ち着いた文化国家になりつつあるし心の持ちようが重要でまあいや意識改革みたいなものであるが、それは急に出来るものではない。そういうのはGDPとか数値化できないと言ってよい。老後不安とか病気不安とか、不安感その反対の安心感はリッチ、プアー感に大いに関係するのだが。競争社会のストレス感も。国によっては政情不安感も。それこそ多様であるが、色々なモデルみたいなものを提示して、自己実現に向けて政治がアシストするようにしてほしい。自助努力をすれ人には、ということだが。資金運用も結構かもしれないが。出ていく方も入る方もモデルみたいなものがある方がいいと思う。頑張れば頑張るだけ報われるということを言うひとがいるが、飯代が人より5倍も十倍も多いわけないしねぇ~何か変。人より10倍の仕事をしてても、せいぜい収入は2,3倍でいいと思うが。人様のお役に立っているという幸福感は大きいですが。昔はね、魚が取れると、病気の人や、歳をとって漁にいけない人に分けていてそれが当たり前だったらしいです。ネパールかなんかは国民??度という尺度があったように思うが、尺度など設定しなくてもいいように思うが、他国と比較しようとするといるんでしょうね。幸福度偏差値みたいなの。もともと偏差値というものを考えた大阪の国語の先生は