①ネットニュースより。皇后には宮中祭祀というか、公務ではないが、国、国民の安寧を祈るという天皇を補佐する仕事がある。それがどうも大変みたいで、特に皇后には不得意のようだ。ここで生真面目になると、元も子もなくなるのでお節介ながら。
大事なのは天皇家は元々祭政一致であったこと。まつり事は、祭りごとであり政なのだ。国・国民の安寧を祈りそれを実現していくというものである。真底それが可能なのは天の皇、つまり王達の中の王、神々の中の神であり、神話によれば元はそうであったとされる。令和になって新しい形で元に戻りつつあるようにも思うが、いずれにしても表天皇を表総理大臣および国民が日本および日本国民の象徴として苔の蒸すまで光の道を進んでいく、少なくとも当面は、ということと思う。それで今までの上皇后がやってきた宮中祭祀について、思い切った簡素化が必要であるということについて述べよう。どう大変かというと頻繁でご丁寧で面倒、着るものといえば、十二単みたいなもので季節的には汗だく、やたら重いとか。現在は伝統化されているが、はじめから左様に事々しいものではない。奈良時代初期は宮殿自体がお粗末というわけではないが簡素。現在のちょっとした豪邸にも及ばない。それから察せられるように祭祀自体今ほどではなかったということだ。どんどん屋上屋を重ねていき。。。ただね、時代的には経済的に風前の灯であったこともあったんだけど。もうひとつ、神道は穢れを嫌うが、例えば家に死者が出ると神社に参拝すること、初もうでもそうだが遠慮する。女性に生理があったら穢れていると考える。理由はよくわからないが。お寺で女人禁制というのがあるが、考え方は同じと思う。いずれにしても、国・国民の安寧の目的が達せられるのなら、限りなく簡素化されていくことが大事と考えられる。超人的にご立派でないと出来ないようなことは考え直すことが大事と思う。それでないと、天皇家に波風がたち、それが国民にはどうもどうもになる。平成が国内では戦争は無かったが災害が異常に多かったことは注意したい。関係者に親しく接することは大事だが、災害が起こらない、人的被害が最小になる、という方がもっと大事で、これからの天皇家はそっちの方に重点を置いてほしい。そっちに皆が一丸となる核になるという風な。曽野綾子さんのエッセイに「善人は周りを不幸にする」というのがあったが、皆がそうと思っていても善人には意見しにくいでしょ。
②体操の村上さんのこと。決めたことだからとか、公平にとか、色々理由を付けているのだろうが、村上さんを見ているだけで男性なら平均寿命が1歳は伸びる。オリンピックはスポーツの祭典だ。究極はお祭りなのだ。神の申し子みたいな人に対し、AIどころか石頭計算機にもおよばない仕打ち、イケメンスポーツ庁長官、何とかおねがいいたしますでございマス。