オボチャン応援詩を昨夜少し書いて、ガーデニングも少しやり、詩の打ち込みの続きをやろうとしてッ習慣性になってしまったAV鑑賞。松井愛様をイメージしながら、そのうち巨乳系に方向転換したり。佐和子の朝総集編で若尾文子の過去Vが出ていたが若さを維持するには、ダラーと幸せしていたらあかんらしい。寂聴流に言うと革命と恋ということか。この坊主は若いうちはというが、まぎらわしい。心が体が若いことと、心の革命と恋をすることは同義なのだ。私は一日に数回最低1時間はしごくが、確かに平常でもクライマックス前にも以前より極太でかちかちになるようになった。お手々で触っているから間違いない。尺ははっきりわからない。いちいちみていないし。尺が足りない場合、相手のまたを広げる(マンゴーの切り身を逆にそらすみたいな)、必ずしも対面でなくても交叉てきでも色々試みると新鮮?対面であればしっかり抱き合う。凸と凹の方向(ベクトルの?)が同じが短小を補うとすればバックがいい。このやりかただが、AVでは男性が椅子に座ってその上に女性が乗り突っ込んでいるが、どうしてこういう体勢になれるかというと、立って軽く突っ込んだ体勢で椅子に行くとか、窓際に女性が手をついてとか研究されたし。激しくやると、液も出ているしスッポンと抜けるが、再度挑戦しても、別技に持ち込んでもいいわけ。これは神事で48手はあるらしい。試みられよ。両方が動いてもいいいだろうが、元気な方が動くのが理にかなっている。それが思いやりであり、愛である。先ほど風の歌・雲の詩のアップが終わって、しばらく数学論文(I)の完成を目指すが、ご褒美にまたAV鑑賞。JとかKの美乳でも自分の乳首をなめられるんですね。以前アフリカ女性が背中におんぶした子供におっぱいをもっていって吸わせていたが。昔から亀頭をを舐められるといいと思ったいたが。。。やっぱり自給自足より舐めて貰うことを神さんは推奨しているんでしょう。
会社員時代、あんまりやりすぎると液が薄くなるから(その人は男の子一人)と言われたが、子供を年間2桁作ろうとすると、勿論妊娠期間があるから畑を変えないといけないが、無駄打ちはせず、リアガチまでジッとガマンがいいんでしょうな。そういうことはあり得ないと思うが、実験している。比較的若い頃、発射をせずに禁欲的実験をやったことがある。1年くらいして頭が妄想だらけになり、部の女の子のコンピュータ室に掃除機をしゃがんでかけている巨尻がちらついて結局あえなく発射。何でも一度はやってみることは大事かと思う。バラエティーで相撲のことを言及するMC、スポーツ評論家が相撲中継を見て楽しんでいるのか?と思うときがある。最近は異常ともいえる盛り上がりで、ファンが力士を応援し、力士も熱戦を繰り広げているのだ。貴乃花が貴乃岩の件で協会に報告をしなかったことについて、真理を追究したかったからと言っていたが、せいぜい真相とでもいう程度のことで、彼には予断はあったと思うが、ここでこういう言葉をつかったということは、反省など全くしていないということなのだ。ええかっこしいは、強がりを言っていてもへなへなと腰砕けになる。協会の温情は、ファンを第一に、和を尊しとする相撲道、人のお道をわきまえているからであることだ。支援の坊主、宮司は人の道をわきまえていない。第一顔が醜い。ハンサムとかそういうことではなく。
明日から岸田さん応援も項目だけでも列挙していくつもり。その方がむしろいいかも。
最近情報伝達について感じるが、一方は心で受け止め自分なりのものを自由に出しているし、反対の方は形をまねて紛らわしいかもしれないが一目瞭然。
だから情報はどんどんオープンにして問題は無い。