昼飯は肉丼、夜飯はおでん。
合唱用に 編曲されたる 夢想花 若いということ ロマンということ
中国の 農村地域の 子供らは 両親(おや)と会う日は 春節の日のみと
美女軍団 政治利用と 揶揄(やゆ)をして 高見の見物 決め込む者たち
生命(いのち)産む 女性は人の 哀しみを 深く知れども 未だ消えるなく
子をはらみ 橋を架けむと ほほえみて 来たりし人の 願いはかなく
男女いて まるくおさまる はずなれど 連絡船は いつ戻るらん
国会で野党の質問、語気荒く言い立てるのは極めて下品、また無内容に近い。居眠りしても当然。安倍さんはさすがに苦笑いしながら一応きいているが。MCについても言えるが、数学というものを教える人がいないからと言える。公式を覚えたり、計算したり、テストのためにしかならないものが数学と思わせている。数学でなくても世界にみてまれにみる複雑微妙な日本語を学ぶといいのだが。論文にするときは英語だが脳内では日本語で考えている。そもそも考えるということがどういうことか分かっていない大人が多い。私が大嫌いな人種なのだ。TVはネタ不足らしく各局で使い回ししているが、それなら歩をすすめると思いきや、味がうすくなったりする。また予断、固定観念、決めつけが多い。幾つかの情報が出て来ると大体の筋書きが見えてくるのだが。なんのためにコナン君をみているのか? 立て行司のセクハラ問題だが、貴闘力によるといい人だが酒乱で、その手の人はいっぱいいるということだ。私がサラリーマンのとき同期入社だが9歳位したの兄ちゃんのお尻を部内でもんでいたが、振り返ってやめてくださしよというがニヤニヤしておかまいなしに続行していた。女子社員が離れたところで笑っている声が聞こえたのか、当時は部長だか部長代理だか忘れたがそういうことは外でやれといっていた。私は勿論男色趣味は無く、しらふであった、じまんすることでもないが。どうしてこの時期にこの種のスキャンダルがでたか、考えれば分かるだろう。きれいごとをいっても心はババ色なのだ。栃ノ心の親方についても、当時若乃花はその種のことを扱う責任者であったことは以前書いた。
磯田が歴史家は資料間のギャップを想像で埋めることは出来ないといっていたが、このバカ。みなし公務員なので、いくらでも書くことはあるが問題になるようなことは書けないともいっていた、この大馬鹿。私は気まぐれ何でも館という好き勝手な文章をかいているが(出版した。HPでダウンロード可能)いくらでも堂々と書けるのだ、表現力さえあれば。この私的ブログでは面倒だから頭から気にせず書いているが、いくらでも品良く書ける。梅原猛は東京の学者に歴史家でないといわれていたが、それがどうした。そもそも面白いことが大事で、古代史に影響をあたえたことは事実だ。歴史家という狭いカテゴリーで重箱の隅でもつっついておれ。あと小説でもフィクションとノンフィクションがあるが、ノンフィクションといっても大いに著者がギャップを埋め、読みやすくしている。面白くためになればなんでもええじゃないかええじゃないか、よいよいよい。