昨日の美空ひばりのVを見ていて、四十代の彼女は極めてセクシーと思った。渡辺真知子が出たての頃から好きなのだが、原型はひばりということに気づいた。もう少し変形すると保科有里。これを丸くすると田川寿美、少し長くすると丘みどりとか平原綾香など、長くすると市川由紀乃、菜々緒、水野朝陽、全てのハイブリッドの究極は・・・麻希だ。ニコルは・・・の娘版のような。
渡辺直美はジャングルの間抜けな王ターちゃんの奥さんにそっくりなのだが、どいうことだろう?
そこまで言って委員会で、中国のコメンテーターが、印刷業界、家電業界など傾いたものは要らない、潰したらいいとわめいていたが、成る程とおもった。中国の支配者は前の文化を根絶やしにする。文化大革命で大学研究者に目茶苦茶なことをやって。。。
文化というものは、傾いたら思い切って革新していくことが大事だが、なんらかの継承がないと根無し草になってしまう。中国は以前三十年後には日本は無くなっているといっていたが、こういう形でじわじわいこうとしていることに注意しなくてはならない。ただこういう処には懐に入り込む必要がある。一帯一路においても。
クールジャパン(クールということばが日本語になったときは、冷たいというニュアンスがあったが、ここではかっこいい、いかしているという意味)で、人間拡張工学で、超人的スポーツという新しいスポーツが考えられていることが紹介された。工学的に、年齢、男女、体格などあらゆる条件をそろえて、そこから競うというか。しょうがい者、車椅子の人も対応が考えているらしい。東京パラで、新種目というより、エキビジョンマッチでやってみるとか、瞳様の願いが実現するような。元々金メダル何個とかいう発想はオリンピック精神からはずれているところがある。工学ってすばらしい。
加山雄三の作曲力には定評があるが、歌詞が自分的にはあまさを感じる。おぼっちゃまてきな。ところがお母さんの詩に彼が曲をつけたものをBS日本の歌できくと、お母さんがこういう思いをしていたのか、あるいは共感していたのかな?とふと思った。合唱コンクールでも、聴いているとまだまだ世の中は、、、と思う反面、皆明るくのびのびと挫けないで歌っているので、涙が流れてとまらない。
加山のお母さんの歌はリンドウであったが、大西民子の遺歌集より
来む世にはゑのころぐさとわがならむ
抜かれぬように踏まれぬように
エノコログサ(ねこじゃらし)は空き地に今頃空き地に咲いている。リンドウもこの時期だが都会では花屋に鉢物でおいている。以前植えたことがあるが、改良種であるせいか翌年には消滅した。
以前ちちんぷいぷいで大きくなったらお花になりたいと女の子がヒメジョオンをもっていた。番組ではエノコログサと紹介されていたが。こういうものは季節の花300でチェックできる。このサイトはガーデニングをやる人、深掘りするひとに便利で写真もきれい。花言葉がかいてあったかどうか、私は二冊持っていて、ええ方を寝室横のウオーキングクローゼットのビューロー机に置いていて、あとは嫁さんが来るだけ状態に何年もまえからなっている。もっと詳しくしらべる場合はWiki.
それと、人間ヒマにならないとあかんと思う。時間に追われているとアイデアは出ない。TVはアイデアの宝庫である。