① 聖徳太子の前世と前前世、彼を継ぐ者

 

彼はうまやどの皇子といわれる。学生時代に梅原猛が芸術新潮で書いていたが、馬小屋で生まれたとするキリストとかぶるということ。ズバリ言うと、前世はキリストである。前々前世は神。太子は伝来して程無いにもかかわらず、仏教を直ちに理解して本を書いたり、レクチャーしているが、岡潔は初めから分かっていたからと言っている。キリストは荒野に出現前、インドで仏教を学んでいるから当たり前なのだ。転生者はそれ以前の進化形として出現する。太子の後を継ぐ者がながらが出来るのは当たり前だ。

その後隠された十字架という法隆寺は呪い、祟りを鎮める意味があったとか、細かいことは忘れた。そこの夢殿に太子を模したという東洋の謎みたいな笑みをうかべた秘仏がある。長い間布でぐるぐる巻きにされていたが、外国人によって明るみにだされたとき、決してみてはならないという言い伝えを信じていた僧達は皆逃げ出したという。中学の美術の時間にそのスライドかなんかを見たとき、近くにすわっていた女の子が足立さんそっくり、とくすくすつぶやいていたが、はて?と思った。梅原の本は売れたが、東京の人には極めて評判は悪い。面白ければいいと思うが。元々彼は哲学者であり、大したことは無いと思うが、西田哲学の流れにあるが、西田幾多郎自体が東大の哲学者には何がなにやら意味不明ということらしい。私は哲学にはさほど関心はないが、自分に分からないことをもって、否定的に言うのはいかにも東大らしい。要するにお勉強の積み重ねでは確かに分からないと思う。西田はずっと参禅し、師匠は最後まで印可(OK)を出さなかったことはよく知られている。ま、西田も何故、公案を解こうとしたかがおかしいといえばおかしいのだが。また他人にOKを出してもらいたかったも。ただ、彼は西洋哲学と仏教(東洋)哲学を止揚しようとしたことは確かである。このことは、旧制金沢中学の同級生の鈴木大拙によって実質的になされた。話が小難しくなってきたので、適当にスルーしていただきたい。

大拙は、キリスト教でがんじがらめになっていた西洋インテリに禅を伝えたのである。大拙の奥さんはアメリカ人であり、彼の英語の著作は3冊持っているが、パラパラ見ているていどであるが良く書かれている。彼は大谷大学の教授をやっていたからお念仏、即ち他力門にも造詣が深い。

寄り道に大いにそれたが、聖徳太子を継ぐ者はキリストを継ぐ者ということだ。であるから、同時に7人のひとの言うことを聞いて、それぞれに返事した人を越えているはずだから、ながらなどちょろこいのだ。このバカ女が。

 

② 思いは通じる、ただし言うべきは言う、書くべきは書く

 

霊界通信に思いは通じる、しかも瞬時にとかいてあり、自分の経験に符合することが多いが、一方否定的情報も入ってきて、半信半疑であったが、ここで断言するが本当である。私の言う神人(世の中の人の半分)同士は。一方に神人から非神人には伝わらず、どうも断片から一見もっともらしいが、デタラメを言い始める。やがて表舞台から消えていく。

 

③ 時間を反対方向に進むひと

 

この変な人は行き着く所まで(終わり)いったので、逆に戻ってきているから、そういう風に思えるということだ。であるから、その人が言ったり書いたりすると、ふつうならその後でリアクションがあるのだが、もう既にリアクションがなされているということらしい。つまりその人から見ると、あれ?これは自分が書いたりしたことじゃないの?と自著を調べると、時間的にあとだったり。。分かったような分からんような、、、ま、空耳じょうだからしょうがおまへんわな。

 

④ 君臨すれど統治せず(キリスト教でいう神も、天皇も)

 

むずかしい事はどうでもいいが、天皇は王ではないということ。天の皇、つまり神?だから初めであり(アルファ)終わり(オメガ)であり、浜口京子のいう初めと終わりがおんなじということか。。。しかしいつのまにかキレイになって。お母さんは小料理屋の女将だったそうだが、結構きつい。どうもある程度としをいった人は出直す、それ以外は永遠に若くて美しいということか。。。そのとき男性はどうなるのだろう。ま、そこは神さんにおまかせすることにしている。

 

⑤ 十字架にかかったのはイエスではなかった、という根強い噂

 

直虎で、たじまは磔になるが、直虎=キリストではない。たじまは直虎に黒白をつけよと、現代においては難問を突きつける。キリストの墓が東北の戸来村にあるということだが。(へらい=へぶらい?) この世は不思議に満ちあふれているし、だからおもしろいのだが。