将棋のひふみんが、藤井颯太君のことを秀才型の天才といっている。はじめはイマイチ分からなかったが、天才事情に詳しい?私が解説してみよう。
秀才、天才という2つのキーワードを組み合わせると、天才には秀才型の天才か、天才型の天才しか組み合わせ論的にない。秀才型の秀才は天才とははっきりと違う。世間では誤解しているケースが多いが。普通の人は天才は理解しずらいから秀才型の秀才をエライと思い、何かを期待したりするが、私見によれば、そういう人は害虫にほかならない。また天才型の秀才も言葉上矛盾である。
政治家には本当の意味で政治(国民、邦民を治め感謝のまつりをともにとりおこなう)はできない。例えば宗教家が宗教的問題を解決したことはなく、むしろおかしくしてきた。キリストは天才的天才であるが、宗教家と考えるひとは害虫以外にはいないであろう。キリストも時代的制約で害虫殲滅には至らず、害虫が愛ということばを害虫に対しても使うようにしたため、結局こういう具合になったが、それはキリストの転生者が大いなる業の準備をしたといえよう。
美空ひばりの歌をプロ歌手が選ぶSP番組を少し見たが、3枚組CDを持ってはいるが、昔のVを見ていると、国民的な、天才歌手だなとつくづく感じ入った。歌を通じて国民に元気をあたえてくれたエンタテーなーとして。プレバトで嫌われ者?の梅沢富美男が努力あってこそ、とか、悲しい酒のときいつも同じように涙して、しかもきっちり歌う、とか、うるせえわ。天才型の天才に努力という概念はなく、歌っているときは、そのゾーンに入っているということなのだ。害虫にはわからん!!
最近は天才が嵐のように出現している。何かふっきれたのか、TVなどで先輩の活躍をTVで見て目標がイメージされ、更に一歩を踏み出す気運になったのかも。歌手でも更に上をいくからそのど迫力たるやスゴイものがある。あこがれる層が広がったことも大きいのでは? 同じ頑張るなら東大に入ることより面白そうと思う方が人間として自然ではないか?女性数学者は他国に比較して異常とも言える程少ないが、当たり前だと思う。あこがれるような女性数学者が皆無に近い。どうせなら気象予報士になってTVに出る方がかっこよさそうではないか。目立ちたがり屋の何処が悪い? 東大入りたがり屋、入れたがり屋よりよっぽどええとおもうが。東大なんて一学年3000人はいたと思うが、そもそも入りたがるほどマニアックになるところではない。その後どうなるかは、堅実かもしれないが、さして給料をもらうわけでもなく、糞面白くも無く、結構うっとしい人生が待っていたりする。お笑い芸人で生き残るのは大変だし、錦織さんでも野球選手、サッカー選手も一流の人は年収は何億はあると思う。私などはそんなに収入があっても、、、と思うが、子供がダントツの高収入にあこがれて何処が悪い?子供のときからなりたい職業ランキングを見ると、こういうのになりたいのか、親にそうおもわせられているのか。。。医者にしてもお金目的の人が多い。昔は週4日で、隣に座っている親友が、足立さん何で医者にならんかったん?と聞いたくらいだったが、今はうちの近辺は休み週一のところもある。 寝る時間を削って机にしがみついている人間は、もはや自然界の生き物とは言いにくいとも思う。PCを日に何度も見てオナっている私も自然界を逸脱しているが。
それと、子供は全て天才である。ただ親によって芽を摘まれたり、向金性にさせられたり子供も大変であるが、天才はいかに目茶苦茶されても必ず、アスファルトの下から芽を出してくる雑草の性質を持っている。知能にしょうがいを持っていても同じで、親も長い目で見守り、ともに成長していく姿勢を持とう。耀く明日を夢見よう。