藤井君のほんわかした、天才らしからぬ風貌にひかれるおばちゃんは将棋に興味津々のよだが、難しそうと思うらしい。プロになるのは難しいだろうが、どんなものか知るのは簡単なのだ。私塾室で無料手ほどきします、というのを門にぶら下げたが、さすが天下の嫌われ者であるせいか、全て無料の、お茶処もであるが、私塾自体に来る人が居ない。もう1ヶ月ちかくになるのだろうか、門付近に草花をもっと飾ろうと準備中であるが、却って怪しまれるかも。夏休みに入ったし、少し期待はしているのだが。
次の空白行まではテキトーに読まれたい。
将棋に戻るが、西宮北口に行ったついでに構内のBook1stかなんかで羽生さんの1手詰め、3手詰めの本を買ってきた。将棋は交互に指すので2手詰めはない。歴史的なことを言うと、ルーツは西洋将棋(チェス)と思う。やったことは無いが、子供の頃コビットゲームだかダイヤモンドゲームだか駒をぴょんぴょん進めていく感じではないかな?教えて欲しい人がくれば調べるつもり。これは比較的単純なゲームで、大昔に世界チャンピオンはコンピュータに勝てなくなった。囲碁・将棋はまだまだと思われていたが、最近はコンピュータの方が分がよい。AIに革新が起こったことがゲームが複雑であることを意に介しなくなった原因だ。
また戻るが、現在の将棋は先ず中国で出来たと思われる。駒に漢字が使われているから。歩という前に1つずつしか進めない駒があるが、相手陣地に入ると、成金として金の力を付ける。成る時、駒をひっくり返すが、赤字で「と」と表示される。つまりこの段階で日本文化がはいったと思われる。当初は駒の数もやたら多かったが、現在の形に洗練された。中国も同じルールのはずだ。「歩の無い将棋は負け将棋♪」というように、最後に相手の王を取る詰めに歩が重要になることが多い。将棋は取った駒(持ち駒)を指して使う事が出来るからである。ただルールで二歩は禁止さえている。同じ縦列に歩は2つあってはいけないということ。前に一つずつしか進めない歩がどうしてそういうことになりうるかというと、持ち駒に歩があると、盤面に指すことができるからである。待ち駒として使ったり。藤井君は桂馬で待ち駒(要するに待ち伏せ)するのが得意のようだが。
数学など特にそうであるが、定義から始まって使うべきはずの定理に延々と時間を費やすバカ先生がいて、数学嫌いにさせたりしている。元来数学好きの工学部の学生さんにたいしても。数学科を出た、おかしな先生は大杉。日本の国家的損失である。将棋であれば、一局指すようになるまでルールから始めると間違いなくおばちゃんは嫌になる。藤井君はお祖母さんに教わったそうだが、一度飲み込むと忘れることは無く、楽しんでやる、文化としての将棋を知るなどには十分である。藤井君のお祖母さんもそれほど強い訳では無いと思うし、面白さが分かった子は自分で、あるいは道場にいくだろう。下手に強いと、かえって変な癖をつけたりする。で、1手詰めの詰め碁問題をやることにより、駒の進め方が先ず分かってくる。記憶させようとすれば大概しんどくなるから将棋は難しい、となってしまう。3手詰めになると少し考える必要がある。幾つかの駒の進み方の組み合わせで、3手で(最短で)詰めないといけないので、考える選択肢が増えるわけだ。このあたりで、どうしてこういう色んな様々な進み方の駒があることが何となく分かってきたりする。長い歴史があるのだ。このテキストには問題が一杯ある。最初に1,2頁を見ただけだが。ちなみに、私は小学生の時、オヤジがルールを教えてくれて、それっきりもうそれっきりである。ただ九大の研究生の時代、その人の息子さんの相手をしたくらいだ。小学生になって将棋クラブにはいったらしく勝負にならなくなった。ハンディーをもらってもよかったのだが、その当時はそういうことは知らなかった。相手が最強の時は王だけで戦うらしい。
しかし、最近数学が分かり出すにつれ、将棋のニュースなどで棋譜を見るとそこそこ分かるようになった。
ハンドボールについてはまた次。