男女ともに本性はスケベである。つまり神はそういうように創造したと言える。最初は2人かどうか、少ないのは確かだから、産めよ殖やせよ目的もあって。もっというと神はドスケベである。とにかく人間を創造して地球の管理を委ね、楽しい地球をのぞき見しながらマスをかいていた。ところが悪魔を信じた者によってあらん限りのことをやるので怒りまくって、最後に非常手段に訴えた。人間の女性マリアを精霊によって犯し、神と人間のハーフ、つまりキリストを産ませた。であるから性は肯定的に考えるべきもので、狭い了見でああじゃこうじゃという輩は神を否定している事になる。カソリックの神父など抑圧されるものだから、余計に背信行為?をするものも居る。時たま明るみになるが、教会としては不都合な真実で、なんとかしてもみ消そうとするが、出発点が間違っているので煙は消しても消しても。。。延暦寺が織田信長によって焼き討ちされたとき、おねいさんやらお稚児さんやら、きれいなべべ着て続々出て来たので京都の人はびっくりしたということだ。中学・高校の歴史で今も教えないかもしれないが、きっちり教えると性教育にもなる。それが総合教育というものだ。どういうジャンルでも所詮独学であるが、ある程度はふまえてからにしたほうがいい。仏教でも地方のお寺を地元に馴染んでしっかりやっているお坊さんの顔は柔和で優しく、お上品。仏教で上から目線で道を説く時代ではなく、皆で楽しくやりましょうということだ。キリスト教も同じであるが。むしろまぐわい(神仏の性交)のやり方の入門篇を教えた方が、性犯罪も減り、多産化に転じると思う。最終的に人は皆、神となるのであるから、そのたしなみとして重要なのだ。
あまりにも世界昔話的な話になったので、平たく説明する。何事においても練習が必要である。明治くらいの時代では、初夜の時、奥さんがたまげて縁先から庭に飛び出したりすることもあった。映画の一部で、お武家出身の新妻がお風呂に入っていて、森繁が後から一緒に入ろうと戸を開けかけると、無礼者!!と一喝され、手ぬぐいで前を隠しすごすご戻るつーのがあった。そういうものは嫁入り前にお母さんが、男の場合は青年団でおしえてもらったようだが。いずれにしても、何の情報もなければ悲劇がおこることもある。現在は情報があふれており、自然な感性に従っていると大きな間違いは無いと思うが、ところがどっこい、性に関する固定観念に元ずくおかしな情報もあふれている。
私は中二の頃、縁側に腹ばいになっていたら、段差に一物があたって急に気持ちよくなってものすごい勢いで発射した。それなら自分でやったら、とだれしも考えるだろう。百科事典の小さなボッチチェリのビーナスの誕生の口絵を見たり、国語の辞書でいやらし語をひいてみたり。。。ところがオナニーをすると頭が悪くなるとかいう説があったりした。確かに私は頭が悪いが、オナニーとの因果関係はないような。。。男性は性交のやりかたなど全く分からないから、激しくピストンをしないといけないと思い込まされていたのでは?巨根でないとダメとか。女性の場合、最初からイクはずはない、とか、それはやり方によるのだが。(いきなりピストンで膜を破られて、無神経にゴシゴシやられたら痛いだろう。私の時代は処女膜信仰みたいなのがあり、跳び箱などで破れることもあり悩んだり。その当時は処女膜再生手術がたしかあった。何でも商売にする世の中なのだ。)だから女性は、最初からイクと、男性を知りすぎと思われるのでは?と用心したり。女性もおおいにマスをかいて自身を開発することも大事だ。これを自学自習という。何も知らずに子供が出来たりしてエラいことになりかねないし、Hは楽しいものと自覚することが重要で、少しずつ免疫をつけながら大人になっていくことが大事なのだ。親や先生がどういおうと。
昔、20歳になるまでたばこをすってはいけにと説教をして、一方うまそうに吸っていれば、誰しも吸いたくなるのでは?たばこは吸ったことはないが体育の担任が色々有益なことを教えてくれ、酒と違って、たばこをふかすのは練習しないと出来ないと教えてくれた。大学生のときは、たばこを吸うのがかっこよく見えたりしたが。
性の学習については、昔のことを言ってもしょうが無いので、私はPCしかしらないが、多分スマホも同じと思うので、PCを前提に話していく。いきなり長くなったし、これから今日何度目かの自己啓発に取り組むので、明日以降の続編に乞うご期待? ちょっとやそっとでは終わらないからそこはテキトーに見てね。生きてる限りスケベ度アップを目指す。
書きかけ。