東京オリパラまで特例法としてマナー違反に類することは厳罰を、ということ。それしかないと思う。性善説が成立するのは神により聖別された人であり、ゆくゆくは法律などは不要なひとであり、世の中の半分。であるから、残りの輩をブロックする。公開処刑ではなく、悪質で家族もそうなら公開する、フィリピン刑務所に島流しする、フィリピン刑務所には多額の援助をしていびりたおしてもらい、向こうのやむを得ざる皆の衆には援助をして出て貰う、それが国際貢献というものだ。貨幣価値の関係もあり、そうやったほうがいい。日本刑務所で厚遇する必要は全く無い。こうしておいて、TVを入れて個々人を撮影しても家族には大丈夫と思うが。それがお金を賢く使う(ワイズスペンディング)ことなのだ。当面、お金をケチケチ始末するのではなく、選択と集中だ。元気に盛り上げていくことが大事で、鬼百合はW-Sの真逆をやっている。本当はお金は使わず、お金は消滅するが、当面お金をぐるぐる回していこう。フィリピンの人に日本に来て貰うきっかけにもなる。こういう方法を世界で共有しよりよいものにしていこう。
パンダについて中田氏のプレゼンに蛇足を付け加える。パンダは元来肉食の熊である。そもそも熊はそう。日本の笹で数十年に一斉に花を咲かせ、実がなりネズミが大繁殖することがある。笹は一斉に枯れるが、種(実)からまたはえる。生命の進化は今もって分からないことが多い。人間の仲間のほ乳類は基本地上生活をしていたが(両方いけるのが先祖の両生類、つまりワ二みたいなの、恐竜などの爬虫類は先祖ではない。地上最も種類が多い昆虫は進化の系統樹からは全くはずれており、これも進化論からはよくわからない。両生類の先祖は硬骨魚類)、競争が激しくなって、もう空いていた海に戻ったのが鯨類でその進化の頂点に「いるか」が居る。いるかは人間並みに、あるいは人間より賢く、人間と話したがっているらしい。基本生物は棲みづらくなると新しいニッチ(未開拓地)を求めて旅立ち、そこで適応して、つまり自分を新環境に変えて、うまくいけば生き残る。自分を変えているから、亜種、さらに新種となっていく。そこに種レベルの進化がある。
パンダが元、肉食系であることは、ピンチの時に、小動物肉、川蟹、昆虫を食べたりしていることから分かる。中田氏のプレゼンにあるように、竹一斉枯死で何度も絶滅危機があり、死んでいるパンダの胃袋を調べるとそういうことであったということである。横道にそれるが、熊森協会が熊はおとなしい、おとなしい、と分け知らずに強弁した結果、人的被害が多発している。状況により生物は本性が出たりする。人間の場合は、逆境の時にその人の真価が問われる。熊の場合、ライオンでもそうだが、肉食しても何の問題もないというか、人間がその道徳性をとやかくことではない。大自然の法則に従っているだけであるから。人間に対しては、自然の恵みを有り難く頂くということ、増えすぎた鹿、イノシシは頂いて生態系のバランスを保つ、それこそが神に任された人間の役割なのだ。
パンダが極限状況に置かれたとき、常識を破って食べられそうなものは食べて生き残ったといえよう。南方戦線で、トカゲ、カエル、皮バンド、食べられるものは食べ尽くし、少数だが日本に戻ってきた兵隊さんは、いわゆる日本兵はがりがり、当時は朝鮮民族も日本人であったが、そっちの方の兵隊さんは栄養満点状態であったと言われる。要するに、(死)人肉を食べていたということだ。ヨーロッパ人で長期間遭難したグループで生き残った人は人肉を食べたことも分かっている。
パンダは、元々おとなしい熊で、競争相手の居ない、山間、谷間にニッチを求めて移動して、結局消化も悪そうで美味そうでもない竹などを食べ始めたはずである。月の輪熊でも人間でも根曲がり竹の時期的は取り合いになり、事故が起こる。以前、我が家に生えている庭木用の細い竹のタケノコをおふくろが味噌汁に入れたらうまかった。ふつうの筍をワカメで煮たのも美味いが、ごりごりの竹になりかけのところでも食える。細かく切って、おかか煮ると美味いお総菜ができそうな。シナチクみたいな。横道にそれたが、パンダも最初はタケノコからはじまったのかも。ほかに山菜に類するものも食したと思うが。月の輪熊は木の実など基本草食になっている。ヒグマは鮭を食う。鹿も食ったような。
人間はセルローズを分解出来ないが、腸のお掃除に良いと言われる。分解するほ乳類は、うさぎ、馬、牛であるが、本質的に分解しているのでは無く、ある種の分解出来る菌のおかげだと以前かいたような。。。横道にそれるが、人間が体内で合成できないビタミンを必須アミノ酸という。アミノ酸自体イマイチわかっていないが、こういう不都合な?動物は人間だけらしい。そういう人間がどうして生き残ったかも進化論、神化論を考えるうえで面白い。
ともかく、よのなか分からないことだらけ、生命、生命体については全く分かっていない。逆に言うと、分かり出すと革命的変化が起きる。受験などで分かっていることを詰め込んで、頭に光が射し込まない人はほっておけばいい。幸島の日本ザルが、それまで撒かれたサツマイモをそのまま食べていたが、あるときから芋を海水であらうと美味しくなることにきがついて、母系的に一気にこの習慣は広がり(頭の固い初代のおっさんザル連中は伝わらなかったらしい)何故か、交流の無い他の地域のニホンザルもやるようになったと言われる。
最近思うに、皆なんやへんやな、と思いながらも騙されているが、誰かがこれはこうだ!!!というと、そやそや、と一斉に地球全体に波及していくような気がしている。あくまでも気がしているだけであるが。
加計問題に絡むが、これからの獣医学は人間の問題に大いに関わるし、そういうのが最先端なテーマなのだ。パンダの離乳食を真矢さんがはつげんしたが、パンダの子供にとって、母乳->竹食がハードルであるからであるが、今まで人間が食べられないと思い込んでいたものもうまく加工すると、食品となりうる。当然動物実験ということになる。人間は鳥や獣が食べているのをみて、これは食べられるかどうか判断した。動物園でパンダは客寄せパンダであるから、野生では2匹産まれても1匹しか育たないが、色々工夫して、2匹産まれると日本の動物園は2匹とも育てる技術をもっているらしい。動物は皆自然分娩で、人間が人工的なことをやりだしたのは極近年である。ラマーズ法などもどうかと思う、人間から野生が無くなってきているような。ま、スケベは程々がいいのかもしれないが、環境を整えていく程に、スケベであっても必ずしも子供が出来るわけではないし、、、子供が世界の宝になるスケベ社会を妄想するけしからん私なのだ。