外国で日本文化が興味を持たれているらしい。であるから日本語を勉強したい生徒、学生が多いということだ。

 

例えば、世界最短詩の俳句は、日本語なら5,7,5であるか、別に外国語であれば拘る必要は無い。大いに実作して、そのうち日本の俳句も学ぶとよいと思う。俳句は江戸時代から始まるもので、庶民的文化で、これほど多くの人が詩を楽しんでいる国は少ないのではないか。この、いわばつづめてしまう、ダウンサイジング発想は技術面でも日本のお家芸であり、諸外国の知恵と融合して世界が豊かに成って無料社会が次第に広がっていくといいのだが。

 

一方、短歌は雅(みやび)なもので、万葉集は渡部昇一によると歌における国民の平等が実現されている。「お歌会初め」として今も綿々と天皇家と国民を結ぶ行事として続けられている。外国の人が日本語を学んだときの上級テキストとしていいかもしれない。短歌は和歌の一種で、和の精神、広く世界平和につながるいいものがある。長々と理屈を言うのではなく、三十一文字でぐっとくるというか。

 

こういう文学的なものを織り交ぜた、ウンコドリルのようなものがつくれる、それは日本のみならず、外国の日本語を学ぶ人にも有益であることを注意しておく。文学面では、私のHPのコンテンツにあるが、「気まぐれ何でも館」に小説を除く優れた文学がほぼ網羅されている。タダなので大いに利用して貰いたい。エラそうに言うが。

 

それと蓮舫氏の戸籍公表の件。二重国籍問題(今は日本の総理大臣は日本国籍を持っていないといけない。お相撲の親方も日本国籍が必要)に答える形で公表された。昔は戸籍謄本、抄本は普通に出すことになっていたが、今はあまりない。戸籍を見るとその人のルーツが分かるからである。今時、そういうことを問題にすることは問題である。少し前に、演歌の歌詞に親の故郷も言えないという文言があったが、そういう悲しく切ない時機が長く続いた。最近はほとんど解消している、特に東京方面などは。いやいや違うと言う人がいるが、差別されている、差別されていると逃げようとすると、何でも差別されているように聞こえてしまったりするが、そういうものはもうすぐ消滅する。