移民は宝物であること。 モンゴルの人達は、旅人がやってくると家族と一緒に食べ物を分け、奥さんも頂いて貰ったという。そうやって血が濃くなることを防いでいたという意味もある。天皇家が近年民間女性をお后にするようになったのもそういう意味合いがある。文化的にもええとこどり出来る。現天皇が昭和天皇と大きく変わったことは優れた皇后によることが大きい。ひつこいが、次は無理でお荷物以外の何物でも無い。折口信夫は客人(まろうど)=稀人(まれびと)という考えが日本人の根底にあると言っていたような。つまり日本はこれから移民・難民を受け入れることが、今後の日本、世界の発展に寄与し、あらゆる問題の解決が得られることを認識し、準備していかねばならない。荒唐無稽なように思うかもしれないが。そのために、先ず日本人は自覚というか芯をもつことが大事と思う。アングロサクソンの地球をワヤにしている巨悪を殲滅するには重要なことである。象徴的には男系天皇でないとアカンといえる。昨日、日本史年表の天皇家の血筋を見ていると、孝明天皇の子供が明治天皇であるとかおかしい。歴史家というのはそういう輩であるが。それを見ながら思ったが、宮家というのは古いのと比較的新しいのとがあるようだ。いきさつは今は知らない。
いずれにしても、秋篠宮の息子さんまでは大丈夫だから、ゆっくり帝王学を学ばせ、その次を生産?するしかないだろう。豊田議員のようにお里が知れるような人では困るから。お隣の奥さんが、お姑さんに魂消るような大声で口汚く罵っていたが、そういう言葉は普通は出てこないものなのである。くいうことは平民でしか言えないので無責任のようであるが言っておく。