仏教では、確か限蔵にあったかと思うが
人は一瞬、一瞬に生滅を繰り返しているという。
私が、死は一瞬の睡りに過ぎないというのは
そのことである。しかも時間は直線的には進んでいない。
我ながら、実感的に何がなにやらであるが、
原因があって結果があるとか
過去から未来へとかはどうも違うとしか言い様がない。
この種のことは、おそらく数学的、科学的?に説明可能
と思っている。説明できてなんぼのものよ?であるが
物理の大統一理論よりよっぽど面白そう。
このような強度のど変人しか考えないようなことは
私が先鞭をつけて、あとは趣味の同好会でやればいい
と思っている。現在書きかけている多変数複素解析の基礎
(open case)は今年中におおよそは仕上がると思うので、
そのうちいけそうと思っている。
要するに人は不死なんだから70歳という年齢はきにしていない。
死ねば若く美しい?お兄ちゃんになるだけだ。
最近、自分の目先が全く見えなかったが、
嫁さんとなる人が判明。
秘策を妄想?しながら、楽しい日々を送っている。
マキちゃぁ~ん。
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> 田坂広志 「風の便り」 四季 第90便
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> 「一瞬」と「一瞬」
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> ある映画のラストシーン。
> 65歳で人生の終りを迎えた主人公が、
> 家族や友人たちを前に、呟きます。
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> この人生も、振り返れば、一瞬であった。
>
> 人生のはかなさに対する、こうした感懐は、
> 映画だけでなく、文学や手記においても、
> 多くの人々によって語られています。
>
> 我々の人生は、長くとも、100年。
> 地球の歴史は46億年。
> 宇宙の歴史は137億年。
>
> その悠久の時間から見るとき、
> 文字通り、それは、
> 「一瞬」と呼ぶべき時間。
>
> しかし、そのことを思うとき、
> 我々は、一つの真実に気がつきます。
>
> この悠久の時間の流れの中で、そして、
> この壮大な宇宙の片隅で、
> 一人の人間が、一人の人間と出会うとき、
>
> それは、その「一瞬」と「一瞬」が重なる
>
> 「奇跡の一瞬」。
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> そのことに気がつくのです。
>
> そして、そのとき、我々は、
> 初めて、知るのです。
>
> 「縁」
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> その言葉の、
> 本当の意味を、知るのです。
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> 2003年7月21日
> 田坂広志
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