AIというと、自動運転->恐ろしいという
イメージを持っている人が多い。
学生時代、応用数学の一種のゲーム理論が
更にコンピュータを使ってであると思うが、
ベトナム戦争に応用されたと聞いた。要するに
戦果は爆撃の的中率ではなく
投下爆弾量に比例するということで
ばらまいたということ。実際は米軍は負けたが。
それをもって、コンピュータというものに
懐疑的になった。企業についても
資本主義=悪という刷り込みがあった。
結局、企業のアプリケーションプログラマーと
なったが、イデオロギーとか、左の言っている
ことが実感として???となった。
AIも自動的戦闘機に応用可能である。
すでに国によっては無人爆撃機は常識化しており
AI搭載となれば強力になることは間違いない。
遡れば、科学そのものが両刃の剣であり、
使う人間、人間社会でどうにでもなるし、
なってきた。残念ながら。

そもそも最近の自動車にはAIは半分くらいは
搭載されているらしい。
高齢者がブレーキとアクセルと踏み違えて
突っ込む事故は多発しているが、
イメージセンサーが進化して、更に
パターン認識もかなり出来るようになっている。
運転に即して言うと、建物や障害物、人、
あるいは標識もAIは認識する事が出来る。
普通の人間以上に。また、それを認識出来ても
以前はデカい犬とチワワ、狐、
猫などの写真を見せて、これは犬、これは猫
と識別できなかったが、出来るようになった。
整形手術をしても税関で瞬時に顔写真があれば
また、その精度が荒くても
テロリストは判別できるらしい。
少なくとも理屈的に。
そうなった理由は色々あるが
ハード、ソフト面で人智が進んだからといえる。
つまりAIは見聞し、その情報から判断が
人間以上に正確になったといえる。
事故率は0にはならないだろうが、減少させ
0に近づけていけることが出来るようになった
といえよう。
以前グーグルが路上テストで事故を起こしたが
そもそも、薬でも認可を受けるまでは
マウスからチンパンジーで安全性を確認しても
最後は人間での治験データを必要とする。
比較的高額のアルバイトを雇ったり、
国境なき医師団は無論公表していないから
分からないが現実に実地でやっているとも聞く。
殆どは安全性は確認されているから、
製薬会社と組むことは一概に悪いとはいえない。
つまり残念ながら何らかの犠牲の上で
進歩、進化がなされている、
リスク減少がなされていると言えよう。
トータル的にどちらが犠牲が少ないか、
方向性としてどちらが今後を考えるといいか
ということが大事となると思う。
人間は間違いなく愚かな存在である。
AIはいくら進化しても
自らを愚かとは原理的に理解しない
はずである。矛盾するようであるが
そこのところで、人間の認識が深まることが
大事であると思う。AIを進化させつつ
それによって人間が自身を振り返り、
AIを使って反省し、AIの今後も含めた
次の一歩を考えるとでもいうか。
そういう意味で、新しい世の中に
なりつつあるように思う。

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> 田坂広志 「風の便り」 四季 第84便
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> 人工知能の気づき
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> 昔、米国のシンクタンクで働いていたときのことです。
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> その研究所に「人工知能」の研究をしていた同僚がいました。
> ある日、「Artificial  Intelligence」との表札が掲げてある
> 彼の部屋に入ると、壁に小さな紙が貼ってあり、
> 不思議な言葉が書いてありました。
>
> 「Artificial Stupidity」
>
> 日本語にすれば「人工的な愚かさ」、もしくは
> 「人工無能」とでも訳すべき言葉が書いてあったのです。
>
> いつも深い思索を感じさせる彼のこと、
> それは単なる冗談ではないと感じながら、
> その言葉を掲げてある理由を聞くと、
> 彼は、静かに、こう答えたのです。
>
> 人工知能研究が、本当に目指しているのは、
> 実は、このことなのだよ・・・
>
> そのときの彼の深い眼差しが、その言葉とともに、
> 心に残っています。
>
> そして、あれから何年もの歳月を重ね、
> いま、その言葉が真実であることを、感じます。
>
> もし、人工知能というものが、
> 本当にその知性を深めていくならば、
>
> いつか、自らの限界に気がつき、
> 自らの愚かさに、気がつく。
>
> そして、その愚かさも含めて、
> 自分がこの世界に存在していることの
> 素晴らしさに、気がつく。
>
> そう感じるのです。
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> 2003年6月9日
> 田坂広志
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