勉強と言っても受験勉強的なものではないのだが。
先日昼オビでコメンテーターが、キ・ガ・に刃物という表現をしていたが、クレームがくるだろうなと思っていたら案の定、江藤愛ちゃんが「番組中不適切な・・・」と深々と頭を下げていた。その人は企業活動などでアイデアマンらしく、顔から判断して悪気はないと思うが、コメンテーターを例えやむなく引っ張り出されているとしても、公の場で発言する人として勉強不足のように思う。
言葉狩りというのがある。片手をち、というのを自分の書いたものから消そうとする人がいた。その人は同和教育を講義しながら差別する人であったから、本当にそれが記述禁止用語かどうかは知らないが。そもそも同和という考えがおかしいと思う。あらゆる固定観念からの解放と捉えると、身分的なものに限らず、あらゆるケースに適応できる。教育現場でそれをやると、ブーメランになるからやらず、中高では皆飽き飽きしているらしい。楽しかるべき女子短大の学科合宿にまでその種の映画をその人はやっていた。言葉狩りをする人は、公共放送ではそれを言わないかワクワクしていると聞いたことがある。その人も上映中にあの子は泣くぞとか、本当にけしからん。
不適切発言の背後には不適切思考習慣があるが、その人自身が悪気はなくても、少なくとも公的な場での発言は、日頃気を付けて勉強する必要がある。しかし、マイノリティーのことでも不用意な発言が時々あり、その都度アナウンサーが謝っているのだから、一を知ったら十を知るで、勉強しないでも分かるような気もする。