私はエリートとは
神に選ばれた人という意味で
捉えている。
短歌では旧約的に
ユダヤびとと言ったりする。
何故神がその人を選んだかというと
この人は神働き、
つまり神の願う世に向かって
自分(神)と二人三脚でやってくれると
見込んだ、見なしたから、と思う。
それは普通の意味で天才的能力を
持つということもあろうが
脳性麻痺の人でも大いに
エリートでありうる。
何故、神は天地創造したはずなのに
こういう世の中になっているかというと
ドラゴンボールZの世界みたいになるが
神は天地創造の時点で
自身が原罪を持っていたと思う。
天地創造を繰り返しながら
人間とともに神に起因する原罪を
克服しつつあると考える。
つまり天地創造は進化しつつ無限に続く
ということ。略して神は進化すると考えられる
と最初の本に書いたが、カソリックの人
と思うが、神は普遍的なもので
そういうことはないと書いていた。
普遍的な神というのに有り難みも
実感も湧かないが、
世の中にはそういう人が多いし
無視している。
ちなみにカソリックとは
普遍的ということである。
戻るが、神に選ばれると大変だ。
神働きをする義務があるからだ。
最初はそれと分からなかったのだが。
私は非定型の精神病で
ごく稀な人がなり原因不明と
先回入院したときの医者は言ったが、
要するに私は原因はたたりだと
思っている。
エリートなどふつうの人は
耐えられないのではと思う。
最初の主治医はこの病気で(普通の精神病で)
まともにやっているのは君だけや、と言った。
結局6回入院したと思うが
毎度入院前と後では研究力、つまり
人間力は大幅にレベルアップしている。
つまりもっと高度なことをやれ、
というときに入院しているようなので
たたりじゃぁ~と言うわけだ。
結局、先月70歳になったが
人間離れ?してきたような。。。
これからゆっくり
天命を自覚して
やるべきことを楽しみながら
やっていこうと思っている。
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> 田坂広志 「風の便り」 四季 第81便
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> 「ノブリス・オブリージュ」の進化
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> 「ノブリス・オブリージュ」という言葉があります。
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> 「高貴な人の義務」という意味の言葉。
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> 高貴な身分に生まれついた人間には、
> 人々に奉仕し、献身する義務がある。
>
> その思想を表した言葉です。
>
> 事実、この思想が大切にされてきた英国では、
> 第一次世界大戦において、
> 貴族出身の下士官の死傷率が
> 群を抜いて高かったと言われます。
>
> それゆえ、この言葉を聞くとき、我々は、
> その奉仕と献身の精神に共感を覚えるのですが、
> 貴族という階級を前提とした思想に
> ささやかな抵抗を感じます。
>
> しかし、この言葉を深く見つめるとき、
> それが、実は、
> 逆の意味を持っていることに、気がつきます。
>
> 「高貴な人が自覚する義務」ではなく、
> 「義務を自覚する人の高貴さ」
>
> たしかに、
> 人々に奉仕し、献身することの義務を自覚した人間には、
> 不思議な高貴さと、香りがあります。
>
> 「ノブリス・オブリージュ」
>
> 貴族階級が消えた現代において、
> いつか、この言葉が
> その意味において使われる時代が、来る。
>
> そして、そのとき、
> 「義務」という言葉は、
> 「使命」という言葉と、同じ響きを持つようになる。
>
> この言葉の余韻の中に、我々は、
> その予感を抱くのです。
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> 2003年5月19日
> 田坂広志
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