金正男氏の事件に絡んで、実行犯とされる2人の女性について、TVニュースで女と言っているのはそういうものかと何となく分かるが、情報番組でコメンテーターが女と言っていることに違和感を覚える。古川氏とか言う国連関連で仕事をしていた人を除いて。私は皇太子妃など雅子と呼び捨てにする。彼女は外交官として活躍した経験を生かしたいと思っているらしいが、それがそもそもおかしい。皇室はそういう局面でしゃしゃりでてはいけない存在であり、そこは元来皇太子がきっちり言うべきものと思うが、マイホーム皇太子には無理というものだ。私はロスチャイルドの手先と断定している者も呼び捨てである。
それにしては極端と感じる人もいるかと思うが、大昔女子短大に勤めていたとき、女性教員が学生さんを皆呼び捨てにしていたのに大いに違和感を持っていた。男性教員もほぼそうであったように思う。学生さんも嫌いな教員は吐き捨てるように呼び捨てにしていたりしたがそれはよく分かる。私の時代は、同級生の女性にはさん付け、男性は君付けであった。人により多少違いはあったが。昨今は、家の近くに、公立の小・中・高があるが、女の子が男の子を呼び捨てにしていたりして、時代だなと思う。
私の学生時代、フランス仕込みの紳士の溝畑さんは、学生にもさん付けであった。恩師の楠さんは、ダンディーな紳士であるが、大阪人らしく(溝畑さんも大阪出身なのだが)脱サラするときに久しぶりに研究室を訪れたとき、親しみのこもった感じで、「お~、足立君やないか」という調子であったが、学生を呼び捨てにするようなひとではなかった。短大以降、あちこちの大学(工学部中心であるから男子学生が多かった)では基本さん付けであった。
溝畑さんのものの考え方に、少なくとも大学は学生も教員も共に学び研究する同行者という認識があったように思ったので、それはその通りだと思い、自分が教える立場になったときにその姿勢を継承したわけである。このあたりは大事なことのように思うが、ま、いつものことながらどうでもいい話とも言える。