彼は数学者ということらしいが、そちらについては全くしらない。エッセイについては全てかどうか知らないが、読んでいる。
私は、最近の、特に日本の若者のレベルの高さ、急速にレベルアップしていることに目を見張り何の心配もしていない。藤原氏は違うらしいが、こういうおかしな顔のおかしな爺がいることがそもそも問題なのだ。
藤原氏は「武士道」が好きらしい。相当以前にどいうものかと武士道を調べようとしたが、全く受け付けなかった。武士自体は平安後期貴族の護衛集団、荘園守護などの役割を果たすものとして出現しているが、武士道は江戸時代からであろう。そういうものに対応するのは西欧では騎士道であろうが、そもそもそういうものはどうでもいいようなものと思う。藤原氏は武士道の精神として、惻隠の情(弱者、たとえばいじめられている者に対し涙すること)の大切さを言うが、そういう上から目線に立っている限りダメなのである。弱者の存在に対し、そこに神が隠れて、ここに問題がありますよ、身をもって示していること、それを識り何とかしよう、神とともに、という心を持ち実行しようとすることが大事なのである、マザーテレサのように。実際、アウトカーストの人達も少しずつ光がさしつつある。
いじめをやっている子供が実際にいるが、親は張り倒してでもそれはいけないことだと教えろという。バカを言え。自分の子供がいじめをやったとき、謝った親がいるとでも言うのか。担任教師、校長、教育委員会、すべてしょうことなしにペコペコしているだけだ。大体、西欧では子供は未熟であり、張り倒してでも教え込めというスタンスである。日本では、最近そうでもなくなってきたが、それが問題なのだが、幼子に神仏の真姿を見いだして、添い寝をして共に学び、幸せを味わっていたのである。
これからは、世界中にあるあらゆる真っ当なものの考え方を融合していく、神ながらの道を進んでいく世の中に既になっていることを注意しておく。物的証拠は無いが、一体そういうものがなんぼのものよ!!!