ヘレンケラーについては、短大の算数教育の
講義中に触れたことがある。大昔であるが。
彼女はハーバード大学学士である。
文系学部と思うが、ユークリッド幾何も学んでいる。
いつもサリバン先生がつきっきりであった。
ヘレンケラーもエライがサリバン先生も偉い。
3重苦といっても、後に日本に来て講演をしている。
大学入学の大分以前であるが、なかなかwaterという言葉と
その意味するところがわからなかった。
文字を見せると、waterは一応わかりはするのだが。
サリバン先生も困ったのだが、あるとき広いお庭を
巡っていて、水まきのホースからヘレンケラーの手に
水を掛けて、彼女は直ちに分かった。
禅ではそれを冷暖自知という。

横道にそれたが、サリバン先生は幾何の定理を、
竹ひごで模型をつくって触らせて納得させたらしい。

今現在は、障がいを持っている人がいるが、
それは過渡期的なもので、早晩輪廻転生し、より美しく、
より優れた者になることは、ヨハネの黙示録に
明記されている。

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> 田坂広志 「風の便り」 四季 第74便
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> 三日間の視力
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> 盲目で聾唖という三重苦の障害を克服し、
> 社会福祉の事業に生涯を捧げた、ヘレン・ケラー。
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> 彼女が、『三日間の視力』という随筆の中で、
> もし三日間だけ視力を与えられたら、
> それをどう使いたいかについて述べています。
>
> そして、その随筆の最後を、
> 次の言葉で締めくくっています。
>
> 明日は視力がなくなるかもしれないという気持ちで、
> あなた方の目を、大切にお使いください。
>
> このヘレン・ケラーの言葉を読むとき、
> 一つの思いが、心に浮かびます。
>
> この言葉は、
> 仮定の言葉ではなく、真実の言葉です。
>
> なぜなら、
> 我々もまた、何十年かの後には、
> この世界を見ることはできなくなるからです。
>
> それが、明日ではなく、
> たとえ、数十年後であるとしても、
>
> 我々は、いつか、
> この世界を見ることはできなくなる。
>
> そうであるならば、我々は、
> この「永遠の一瞬」の時の流れの中で、
>
> 何を見つめ、
> 歩むべきなのでしょうか。
>
> そして、
>
> 何を心に残し、
> 去るべきなのでしょうか。
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> 2003年3月31日
> 田坂広志
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