以前、寂庵にTVカメラが入って、仕事場のちらかしよう、壁にはやたら高価と思われる美術品(どこかの前都知事のヤフオクで政務活動費で買った類のものではない。公共施設に寄付?すると言ったが寄付される側で断るであろうし、寄付はなされていない。湯河原の別荘も観光スポットになっておりタダでも売れないらしく、どこにも売っていない)、ガラス窓越しのお庭は絶景、彼女?の着ているものが超モダンでおしゃれ。クリリンのようにチャーミングなエロスを発散している。

 

夜の12時前からすき焼きなべて美味しそうなお肉と野菜でジュージューしながらワインをがぶ飲み。女性秘書が2人、一人はさすがと思う人であった。いわゆるマネージャーであろう。

 

おそらく仏教関係者の嫉妬に対すると思うが、お釈迦さんは何でも食べたんですよ、とチクリと言っていた。無論修行道場では生臭は食べず、昼12時以降は食事をしていない。ダルマが中国に法灯を伝えて以降、作務も修行の一貫となり、それでは腹が減って修行の妨げになるので、薬石といって軽い食事や、野菜くずを食べたりしていた。般若糖といったものも同じで、狂言にあるように生臭坊主は小僧さんにやっつけられるのだが。

 

お釈迦さんは人気者で、セレブの処に弟子達を連れて何でも(牛は供されないので食べないが。無論牛生レバは食べない)食べて仏教?の普及に勤めている。いちいち小うるさいことを言ってれば在家は引く。在家信者には時々は奥さんにジュエリーなど買ってあげて、サービスすることを奨めている。お肉を食べないと、力がでないよぉ~。少子化が進む。

 

出家者に対し、小乗戒はやたら多い。比丘尼に横目を使ってはいけないとか、お釈迦さんも修行を何と考えていたのか、要するにぱぁ~である。

 

信長が叡山を焼き討ちしたとき、おねいちゃんやら、お稚児さんやらが京都の街に出てくるは出てくるは。インド人もびっくり!!!

 

西田幾多郎が自分は本質的にエピキュリアンと言っているが、快楽主義者といういみではない。

 

大川隆法が、釈迦の再来と言っていたとき、お釈迦さんはハンサムだったんだけどねぇ~、と見てきたようなことを言っている。彼は、キリスト、マホメッド、孔子などの再来とも言い出したが、絶対的矛盾的自己同一をやっているおかしな人?である。

 

お墓の中には誰もいません、という歌が皆で成る程と歌っていたとき、なにやらゴジャゴジャ言っていた。葬式ビジネスには不都合な真実なんでしょうな。