世の中の人は洗脳されている。

何の罪も無い東北の津波で流された
ことに直面して、神も仏もないのか、と嘆く。

老荘では天は人をしてわら人形であるがごとく
河の氾濫で押し流してしまうという。
これは諦念しているわけではない。
それは天の摂理であるというのだ。

このことは輪廻転生ということを考えると、
神の深い摂理と納得できる。

震災でなくなった人を無駄死にしてはならない。
そこから学んで、死ぬ人を減少する以外にない。
今の処。我々は多くのことを学んだことで
今後肉親を亡くして悲しむ人を少しでも減らしたい。
それが皆無になる日が近づいている。
それはヨハネの黙示録に明記されている。

死んだ人は、生まれ変わってより美しくなる、
ということは本当らしい。
物的証拠は無いと言えば無い。
しかし物的証拠でものを考えること自体が
洗脳されていると言える。

ナザレびとイエスは、お母さんはマリア、
養父は大工ヨハネであることが新訳に書いてある。
真面目なヨハネは、交わりのない段階で
マリアが身ごもったので離縁しようとしたが、
天使にその事情を教えられ納得した。
いわゆる精霊(Holy Spirit)により身ごもったという真実である。

新訳では、イエスは荒野の試練を克服して、ある日突然出現する。
で、文献的にはその間の事情は不明であるが、
インドに行って仏教を学んでいることは真実である。

仏教はバラモン教の輪廻転生思想を受け継いでおり、
釈迦も弟子達に、そのずっこけ現象は過去世における
このことが原因ですよ、と教えている。
ツベコベ言う人には知らん顔であるが。

勿論イエスは輪廻転生思想(法則)を熟知しており
ローマカソリックによって削除されるまでは、
新訳にかなりの記述があったことはすでに
聖書学者によって明らかになっている。

どうして教会に都合が悪いかというと、
何回も生まれ変わる(出直せる)と皆が思うと
都合が悪いからである。
これは輪廻転生法則の皮相的解釈なのであるが。

イエスの時代のユダヤ教会派で唯一
クムラン教団が輪廻転生を信じて?いた。
子供が何かの拍子で、岩で隠されていた
古文書を見つけ、その内容はイエスの教えと
酷似しているらしい。イエスはあくまでも
本当のユダヤ教徒(のつもり)であり、
勿論キリスト教徒ではない。
輪廻転生認識に立つと、
イエスの教えが自然に導かれるといってよい。

ユダヤ教会で、こちこちの祭司達を
コテンパに、ペコペコにいわしたが、
その言葉がガリラヤ地方の方言の
アラム語であったため、弟子達は
肩身の狭い思いをしていたという。
勿論、イエスは
現在の愛とは真逆の憎悪を生み出している
キリスト教を説いてはいない。

とまあ、おかしな人間?が空耳情報でつぶやいている。


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> 田坂広志 「風の便り」 四季 第69便
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> 歴史を生きた人々
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> 「テレビで、歴史のドキュメンタリー番組を観ていると、
> 涙が止まらなくなる」
>
> ある哲学者が、エッセイの中で、そう語っています。
>
> 例えば、ベトナム戦争の末期、サイゴン陥落のとき、
> 迫りくる戦火から逃れるため、満員の船に妻子だけを乗せ、
> 今生の別れを覚悟して、独り見送る夫。
>
> サイゴン脱出のため離陸しようとする米軍輸送機に、
> 乗せてもらおうとしがみつく、ベトナムの人々。
> それを必死になって蹴落とす、米軍の兵士。
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> そうした歴史を生きた人々の映像を観るとき、
> 我々は、胸が熱くなるのを抑えることができません。
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> その感情の奥には、一つの思いがあります。
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> この人々の人生は、
> ほんのわずかの偶然で、
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> その思いです。
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> そして、その思いに気がつくとき、
> 我々は、理解します。
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> 「もう一人の自分」を見つめるまなざし。
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> それが、「共感」ということの
> 本当の意味であることを。
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> 2003年2月20日
> 田坂広志
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