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田坂広志 「風の便り」 四季 第19便
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河を知らぬ旅人
山奥に住む人が、旅に出ました。
そして、旅の途上で、
河にたどり着きました。
彼は、生まれてこのかた、
河というものを見たことがありませんでした。
しかも、その河には、
橋が架かっていました。
旅人は不思議に思い、
通りかかった地元の人に、
「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
多くの知識を持った若者でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
鉄筋とコンクリートの複合構造物ですよ。
その答えは、
「橋とは何か」についての
正確で詳しい説明でしたが、
旅人にとっては、
不親切な答えでした。
そこで、次に通りかかった地元の人に、
もう一度、「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
豊かな経験を持った老人でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
河を渡るためのものですよ。
その答えを聞いて、
旅人は、
橋の本質を理解したのです。
いま、世の中には、
この若者のような説明が溢れています。
しかし、我々が本当に求めているのは、
この老人の語る言葉なのでしょう。
「本質」を語ること。
そのことの大切さを、
この物語は教えてくれるのです。
2002年3月7日
田坂広志
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欧米流のものの考え方で、日本でも相当前から根付いている?分析主義がありますよね。物質であればどんどん細かく見ていって、最終的に原子とか。
しかし原子も究極のものではないことも常識化しているかと思います。
かなり前には幾種かのコークから、と言う考え方ありましたが、全種見つかったのは比較的最近と思います。
私はこういう物の考え方自体がむいてもむいてもタマネギ?ラッキョ?とおもいます。湯川さんが、私の学生時代にそれはアカンと素領域理論を提唱したのですが、それを知ったのが産経新聞の一面記事からです。
それも不思議です。一般紙がデカデカと取り上げることなんですが。
素領域理論は何でも量子化する理論に対比していうと、ファジーな理論ともみなせます。独断的偏見かもしれませんが。
このあたりが数学に関係してくるのは間違い無いとおもいますが、どういう数学に関係するのか今は分かっていません。今後の秘かな楽しみです。
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田坂広志 「風の便り」 四季 第19便
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河を知らぬ旅人
山奥に住む人が、旅に出ました。
そして、旅の途上で、
河にたどり着きました。
彼は、生まれてこのかた、
河というものを見たことがありませんでした。
しかも、その河には、
橋が架かっていました。
旅人は不思議に思い、
通りかかった地元の人に、
「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
多くの知識を持った若者でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
鉄筋とコンクリートの複合構造物ですよ。
その答えは、
「橋とは何か」についての
正確で詳しい説明でしたが、
旅人にとっては、
不親切な答えでした。
そこで、次に通りかかった地元の人に、
もう一度、「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
豊かな経験を持った老人でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
河を渡るためのものですよ。
その答えを聞いて、
旅人は、
橋の本質を理解したのです。
いま、世の中には、
この若者のような説明が溢れています。
しかし、我々が本当に求めているのは、
この老人の語る言葉なのでしょう。
「本質」を語ること。
そのことの大切さを、
この物語は教えてくれるのです。
2002年3月7日
田坂広志
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欧米流のものの考え方で、日本でも相当前から根付いている?分析主義がありますよね。物質であればどんどん細かく見ていって、最終的に原子とか。
しかし原子も究極のものではないことも常識化しているかと思います。
かなり前には幾種かのコークから、と言う考え方ありましたが、全種見つかったのは比較的最近と思います。
私はこういう物の考え方自体がむいてもむいてもタマネギ?ラッキョ?とおもいます。湯川さんが、私の学生時代にそれはアカンと素領域理論を提唱したのですが、それを知ったのが産経新聞の一面記事からです。
それも不思議です。一般紙がデカデカと取り上げることなんですが。
素領域理論は何でも量子化する理論に対比していうと、ファジーな理論ともみなせます。独断的偏見かもしれませんが。
このあたりが数学に関係してくるのは間違い無いとおもいますが、どういう数学に関係するのか今は分かっていません。今後の秘かな楽しみです。
田坂広志 「風の便り」 四季 第19便
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河を知らぬ旅人
山奥に住む人が、旅に出ました。
そして、旅の途上で、
河にたどり着きました。
彼は、生まれてこのかた、
河というものを見たことがありませんでした。
しかも、その河には、
橋が架かっていました。
旅人は不思議に思い、
通りかかった地元の人に、
「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
多くの知識を持った若者でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
鉄筋とコンクリートの複合構造物ですよ。
その答えは、
「橋とは何か」についての
正確で詳しい説明でしたが、
旅人にとっては、
不親切な答えでした。
そこで、次に通りかかった地元の人に、
もう一度、「これは何ですか」とたずねました。
その地元の人は、
豊かな経験を持った老人でした。
彼は、こう答えました。
ああ、それは、
河を渡るためのものですよ。
その答えを聞いて、
旅人は、
橋の本質を理解したのです。
いま、世の中には、
この若者のような説明が溢れています。
しかし、我々が本当に求めているのは、
この老人の語る言葉なのでしょう。
「本質」を語ること。
そのことの大切さを、
この物語は教えてくれるのです。
2002年3月7日
田坂広志
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欧米流のものの考え方で、日本でも相当前から根付いている?分析主義がありますよね。物質であればどんどん細かく見ていって、最終的に原子とか。
しかし原子も究極のものではないことも常識化しているかと思います。
かなり前には幾種かのコークから、と言う考え方ありましたが、全種見つかったのは比較的最近と思います。
私はこういう物の考え方自体がむいてもむいてもタマネギ?ラッキョ?とおもいます。湯川さんが、私の学生時代にそれはアカンと素領域理論を提唱したのですが、それを知ったのが産経新聞の一面記事からです。
それも不思議です。一般紙がデカデカと取り上げることなんですが。
素領域理論は何でも量子化する理論に対比していうと、ファジーな理論ともみなせます。独断的偏見かもしれませんが。
このあたりが数学に関係してくるのは間違い無いとおもいますが、どういう数学に関係するのか今は分かっていません。今後の秘かな楽しみです。