気まぐれ何でも館:(623)曽宮一念詩歌集 雲をよぶ(8)
  
 うたた寝に恋しき人は見えずして会いたくもなき奴が出てくる
  
 ぽっくりと往かぬにしてもいつぼけるお釈迦様でもわかりはしまい
  
 長生きも小ぼけ大ぼけならぬうち礼のべてからこときれてこそ
  
 髪の毛は胡麻塩ながら生え残り中身の味噌は黴(かび)て使えず
  
 百にあと二つの老いになおほしき生れふるさと垂乳根(たらちね)の母
  
 おこりむしのようなゴッホにただ一つにこにこ笑うタンギイ親父
  
 梨畑の畦行く度にそら豆の花の瞳がわれをみつめる
  
 蟻の群夏の真昼に引いて行くさもいかめしき蝉のぬけがら
  
 はこべらは葉茎花さえ甘ければ幼き夕見(ゆみ)の口にはこびき
  
 技芸天こんな姉欲しややさしくてたまにちくりと針をさすような
  
 幼き夜夢におびえて眠りしが老いたる夢もなお安からず
  
 幸運は立ちまち居まち寝まち月欲を張らない人に来るもの
  
 わが庵は裾野の南鰍(かじか)住む世を憂い川と人は言うなり
  
 湖の底山椒魚は目がなくてにおいかぎつつ餌を食うとぞ
  
15.2.15 抱拙庵にて。