気まぐれ何でも館:(614)岡野弘彦(飛天)(21)
  
 家持のまなざし若き像のまへ若からぬ身はひたすらに立つ
  
 国分寺址(あと)の大寺庭あれて青樫は軒にせまりつつ暮る
  
 湧き水にしじみを冷やすところ過ぎ赤埴の道峡に入りゆく
  
 寺の井にすすぐをとめの黒髪のなびくを見つつかなしかりけむ
  
 老いてなほますらをの歌ありけりとまぼろしにだに後につたへよ
  
 寺庭の大山桜咲きみちて木食上人いまだ目ざめず
  
 穀断ちの黄ばめる顔を傾けて何見ています春日けぶるに
  
 木食の僧うつうつと眠りゐて頬にうきいづる翳りさびしき
  
 木乃伊(みいら)をつつむ布のおもてにしみいづる脂の色を見すごしがたし
  
 木食の室(むろ)の夕べにしのびきて鳥獣魚介泣く声のする
  
 身の渇きあはれと思へうつせ身は春沢水を汲みてむさぼる
  
 なよやかにわれにゆだねてありし身はありさりていまいづへに眠る
  
 坂下の庚申塚に陽あし伸び萱草の芽は青く萌えゐる
  
 山越えて至れる村の水銹(みさび)田に入りてはたらく人は老いたり
  
14.10.25 抱拙庵にて。