気まぐれ何でも館:(611)岡野弘彦(飛天)(18)
  
 日田の町低き家並におしせまり青山暗く暮れそむるなり
  
 とめどなく空に生まるる秋あかね羽音さやかにわれをめぐれり
  
 蔵庭の蟇(ひき)いでてこよ溢れゆくいで湯の末の苔あをみたり
  
 旋回しつつ降りゆく島は浜の砂黒々として硫気のぼれる
  
 硫気ふく島の荒磯におりたちて悲しまぬ身をいぶかしみをり
  
 よろよろと死者の碑(いしぶみ)にちかづきて水たむけてゐる将軍の妻
  
 赤さびし鉄帽の上に注ぎたる冷たき水はたちまち乾く
  
 壕の底にうづ高く朽ちし兵の服その上に我は汗したたらす
  
 かへりこよ かへりこよ とぞ呼びてゐる雪ふる夜のまぼろしの母
  
 櫨の木のくれなゐ燃ゆる山原に入りゐておもふ父はすでになき
  
 ただひとり家に老いゆく妹が雪ふることを電話につげくる
  
14.10.4 抱拙庵にて。