気まぐれ何でも館:(608)岡野弘彦(飛天)(15)
  
 雛(ひひな)の夜ふけて降りしむ雨の音葬りし父の姿(かたち)見えくる
  
 爪先のややほころびし父の足袋冷えしむ夜半(よは)にはきて寝むとす
  
 島裏に風よけて住むひと村の家(や)なみ灯ともす時に来あひぬ
  
 若くして海に死にたる島びとの墓ひとめきてくるる藪原
  
 近ぢかと汀の浪のよする音ひと夜ひびきて眠りゐにけり
  
 苦しみて人を思へり浦島のごとく老ゆればやすけからむに
  
 くるしみて人を思へばわたつみのいろこの宮の島ぞ恋ひしき
  
 匂ひたつ大島ざくら身は痩せて肌清かりし若き日すぎぬ
  
 咲き満つる桜の下に立ちつくししのび泣く若き母の声する
  
 山藤のむらさき暗く咲き垂りて大麻寺(たいまじ)の塔くれなむとする
  
 山帰来(さんきらい)の葉もてつつみし小さき餅くれて去りたる人を忘れず
  
 夢ののちなほおぼろなる朝山にひと木花咲くこぶし見えくる
  
 中有(ちゆうう)ゆく魂(たま)のゆくへを思ひゐて今年の桜つひにさびしき
  
 三十ぢ近くてかたくなに父にあらがひし我をかなしむ父の日記読む
  
 通夜あくる部屋の障子に触(さや)りつつ雪ふりしきる誰かもの言へ
  
14.9.5 抱拙庵にて。