気まぐれ何でも館:(607)岡野弘彦(飛天)(14)
  
 ただひとり飛天の窟(くつ)に入りきたりまなこを凝らす闇の底ひに
  
 ゴビ砂漠を吹きわたりくる風のおと遠潮騒に似つつするどき
  
 花ひらく蓮のうてなにすくと立ちあなや童子は翔びたたむとす
  
 あかね雲流るる空につらなりて天つをとめは裳をなびけ飛ぶ
  
 暮れはやき飛天の窟(くつ)をいできたりうつつともなし砂の夕映え
  
 つばさなき身のすべなさは天がけり飛ぶをとめらを岩に刻みし
  
 まとひつく秋津羽の衣(きぬ)もろ乳のゆたけき女われを抱けり
  
 ひたぶるに人を思へばわたつみのいろこの宮といふぞ恋ひしき
  
 雪の夜のさむきしとねに入りて来し白き兎は足冷えてゐつ
  
 あたたかき睦月きさらぎ病み伏せる父のふしどものどけからむか
  
 山川の夕のたぎちを聴きゐしがそのまま息を閉ぢゆきしなり
  
 なきがらは小さきものか枕べにゐならぶ孫らそをいぶかしむ
  
14.8.29 抱拙庵にて。