気まぐれ何でも館:(606)岡野弘彦(飛天)(13)
  
 ひよどりの親かへり来ずなりし巣に生きてうごめくものの声する
  
 鳥の子の赤肌にしてひたすらに啼くを見てゐつむごき心に
  
 ことごとく巣の雛鳥の死に絶えし水無月の朝さむき雨ふる
  
 せんだんの花のむらさき夜の色にまぎるる道にいでてさすらふ
  
 青草の蓑着て村にくだりこし遠世の祖(おや)ぞわれを誘(おび)くは
  
 青山は軒にせまりて水音のひびきすずしき村に入りきつ
  
 子ら二人異土のいくさに果てしのち生きがたかりし親の墓見ゆ
  
 若き身を師に従ひて来しわれに村人はみな礼(あや)深かりき
  
 三十年(みそとせ)は昨日のごとし雨垂れの穿(うが)てる庭の土を見てをり
  
 斧の柄の朽ちて跡なきかなしみを思ひてをれば陽はかげりくる
  
 かへり花とぼしく咲きて暮るる庭足ひきずりて母歩みくる
  
 おとろへし秋のやまめの肌さびてくだりし谷に陽は当たりゐる
  
 島山にかかれる雲の煌々とかがやきて秋の海くれそむる
  
14.8.23 抱拙庵にて。